黒と赤の夢





「頭はもういいかな。早く着替えなさい」
ロイの言葉に頷いて、エドワードは服の裾に手をかけた。薄いパーカー1枚しか着ていないので、めくった裾から素肌が覗く。
「待て、エドワード。後ろで」
慌てたようなロイの声に、エドワードが手を止めた。
「後ろで着替えなさい」
「え、でもGパンも濡れてるよ」
「いいから!」
追いたてるようにロイが椅子の後ろのカーテンを開けた。そこは狭いベッドになっていて、マットが敷かれて毛布がくしゃくしゃに置いてある。隅にエロ本が数冊投げてあった。
「ハボックのやつ、また置きっぱなしか。エドワード、あれは見るなよ。早く着替えろ」
「うん…けど、別にオレここでいいよ。マットが濡れるし」
「きみねぇ」
ロイが呆れてため息をついた。
「私が事務所できみになにをしたか忘れたのか。そんなところで裸になられちゃこっちが困るんだ」
「なにって」
勝手に頬が赤くなって、エドワードは俯いた。
「あ、あれは…ロイ、寝ぼけてたから」
「寝ぼけて人に抱きつくような習性はないぞ」
ロイは体の向きを変えて窓の方を向いた。

「言っただろう。きみだからだ」

「・・・・・それは」

聞いたらダメだ。

そう思っていたのに、言葉は口から勝手に溢れた。

「どういう、意味で?」









車内にまた沈黙が降りて、エドワードは聞くんじゃなかったと後悔した。
ロイは窓を見つめたまま口を開こうとしない。



いたたまれない思いをどうにかしようと、エドワードはパーカーに手をかけて一気に脱いだ。
濡れて体にまとわりついていた布がなくなって気持ちいい。エドワードが開放感に浸っていると、ロイが不機嫌な声で早く服を着ろと言った。
「後ろで着替えろと言ったのに」
「いいじゃん別に。てか気持ちいい。夏だし、このままでもいいんじゃねぇ?」
そのうちパーカーも乾くし、と続けようとしたエドワードは、振り向いたロイと目が合って黙った。

「わかってないなら、わからせようか?」

「な・・・・」

なにを、という言葉は続かなかった。

いきなり引き寄せられたと思うと口を塞がれた。
噛みつくみたいにキスをするロイは、エドワードが知っているロイじゃないようで。

身を引こうとするエドワードをさらに引き寄せて、無理な体勢のままロイは小さな体を抱きしめた。


「なに、すんだよ」
ようやくロイの唇が離れて、エドワードはやっとで呟いた。生まれて初めてのキスで、唇が痺れたみたいに動かない。
「きみは本当に、私の言うことを全然聞いてない」
ロイはエドワードの体をいったん離し、脇に手を入れて後ろのベッドに放り込んだ。
跳ね起きて抗議しようとするエドワードを奥へ押し退けるようにロイもそこへ入ってくる。
人が一人やっと寝れる空間しかないその場所で、エドワードは追い詰められた。背中は壁に押しつけられていて、目の前にはロイがいる。
「私はきみを、初めて会った日から好きなんだよ。気づかなかったか?」
怯えて声が出ないエドワードは、首を横にぶんぶん振った。
「きみを私のトラックから下ろした、あのときに多分恋をした。なんでかは私にもわからないけど」
言いながらロイの手はエドワードの体に伸びる。逃げようとしてもがいても、狭すぎる空間に逃げ場はない。
「なんとか押さえていたのに。煽るようなことするから」
どうしようと悩む暇もなく、また唇を塞がれた。

怖い。

今のロイは怖い。

助けて。

ロイ、助けて。





そのとき後ろからヘッドライトが近づいてきて、大きな排気の音がした。
ミラーには、エドワードが見たことがないくらい大きなレッカー車が映っていた。

「来たか」
ロイは体を離し、そのまま素早く運転席へ戻ってドアを開けた。
ついて行こうと身を起こすエドワードを見て、待っていろと短く命令する。
「まだ雨は止んでない。また濡れるぞ。もう着替えはないんだ」
言われた言葉よりもエドワードを見ないように視線を外すロイが悲しかった。


ドアが閉まり、誰もいなくなった車内でエドワードはため息をついた。

なんでロイはあんなことを。

なんで、自分は。

襲ってきた当のロイに、助けてなんて。

なんで。




小さくなった雨音に混じって、ロイが誰かと話をするのが聞こえた。
また濡れているんだろうか。着替えはないと言ったくせに。

エドワードはロイのTシャツをハンドルの上に置き、Gパンを脱いで助手席のダッシュボードの上に置いた。下着もちょっと湿っているが、そこまで脱ぐわけにはいかない。
ベッドに戻って体を伸ばすと、意外と広いことに気がついた。手も足も伸ばしてまだ余る。さっきは必死でわからなかったが、改めて横になってみるとそこはかなり快適だった。
エロ本を押し退けて、寝転がって意味なくばたばたしてみる。素肌にあたる乾いたマットや毛布の感触がかなり気持ちいい。
ふわりと毛布から匂ったタバコの匂いに、エドワードは動きを止めた。
ハボックの車だから彼が吸うタバコの匂いに違いないのだが、ハボックとロイは同じ銘柄を吸っている。抱きしめられたときに汗に混じってタバコの匂いがしたのを思い出して、エドワードは赤くなった。


毛布に顔をくっつけると、その匂いに包まれる。

ロイにまた抱きしめられたような錯覚に少し狼狽えたが、それが嫌じゃないことのほうが驚きだった。



さっきは怖かった。

じゃ、怖くなかったら?

ロイが優しく抱いてくれたら、自分はどうするんだろう。




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