きみがそこにいるだけで





翌日から、ロイの会社に新しい社員が加わった。
「よろしくー」
軽く頭を下げて笑うヒューズに、他の社員たちも笑う。もともと面識があるのだから、打ち解ける必要もない。
「ヒューズにはドライバーもやってもらうが、車の整備を主に頼もうと思うんだ」
ロイは駐車場にとまった黒いトラックたちを眺めた。
「簡単な部品交換とか、オイル交換やタイヤの組み換えなんか、今まで業者に頼んでたんだがな。それだと経費がかかりすぎる」
「なるほどな」
頷くヒューズの後ろで、リザがパソコンを睨んでいる。
「簡単な車庫だと、わりと安いのね。でも台風が来たら壊れそうだわ」
「え、車庫作るの?」
事務椅子に座ってくるくる回転していたエドワードがそちらを見ると、リザは窓のほうを見た。砂利を敷いただけの駐車場にはなにもない。空き地にトラックが止まっているような状態だ。
「簡単でも、整備をするなら屋根くらいはほしいもの。それに工具なんかを置く場所も必要だしね」
「そっか」
今までヒューズは一人で仕事をしていた。フリーでの運送業は多大な経費がかかるため、自分でできる範囲でトラックの整備や修理もこなしてきていた。ロイはそこにも目をつけていたということだ。
「抜け目ないなぁ」
感心して言うと、ロイは社長用の椅子で胸を張った。
「社長として当然だろう。なにしろうちも苦しいんだからな、少しでも経費が浮けば助かるし」
「そこ、威張るとこなの?」
「む。ここを威張らずにどこを威張れというんだ」
「……いやまぁ。うん。威張っていいよ」
まだまだ小規模なこの会社が今を生き抜いていくには、こうして小さいところから頑張っていくしかないのかもしれない。
社長って大変なんだな。エドワードはそう納得することにした。

社員たちがぱらぱらと散っていって、真っ黒のトラックたちが駐車場からいなくなったあと。
ロイは上着を手に立ち上がった。
「行くぞ、ヒューズ。先に車に乗っててくれ」
「わかった」
ヒューズはまだ制服がない。適当なシャツに作業ズボンの姿で、ロイが投げた車の鍵を受け止めて事務所から出ていった。
「エドワード、ついてきなさい」
「うん。…で、どこ行くの?」
立ち上がったエドワードの髪を撫でて軽く整えて、ロイは書類鞄を手にとった。
「ヒューズの客に会いに行くんだよ。詳しいことも話したいし、契約もしなきゃならんしな」
「オレよかリザさんのほうがいいんじゃないの?」
「リザが来たら、今日のあのコースは誰が走るんだ?」
あ、そうか。肩を竦めるロイに、エドワードも同じ仕草を返した。ギリギリなんだと言ったリザの言葉は大袈裟ではなかったようだ。
「ま、ヒューズがいるからな。話はすぐ済むさ。飯でも食って帰ろう」
「うん」
そのまま扉へ行こうとすると、手を掴まれた。驚いて振り向くエドワードの耳元にロイが唇を寄せる。

「昨日から色々聞いたから、不安になったか?」

「………」

違うとも言えなくて、エドワードは黙って黒い瞳を見つめた。

「大丈夫だよ。この会社も、私も」

「……うん」

「きみが不安に思う必要はない。私が必ず守るから」

「………無理はしないでよね」

昨夜のヒューズの様子を思い出して、ロイの胸元をそっと握った。
あんなふうに酔っぱらうほど、無理をしてほしくない。悩んでほしくないし、苦しんでほしくない。

「大丈夫。……でも、疲れたらきみに癒してほしいかな」

「オレ?……オレ、なんもできねぇよ?」

「いやきみはなにもしなくていい。脱ぐ必要もないから。私がゆっくり脱がして、」

「……いっぺん死ね」

行きつくとこはそこかよ。

エドワードは素早くドアから外に飛び出した。そこにはロイの車が止まっていて、運転席にヒューズが座ってこちらを眺めている。にやにやしているところをみると、今くっついていたのを見られていたようだ。
「もう終わりか?ちゅーくらいなら待っててやるぜ」
後部座席に飛び込むなり言われて、エドワードが赤くなる。続いて乗ってきたロイが、ドアを閉めながら拗ねた顔をした。
「交渉は決裂だ。続きはまた今夜だな」
「オーライ社長。じゃあ行くか」
誰が今夜行くっつったよ。抗議してもロイはつんと横を向いて拗ねたまま。手だけはしっかりとエドワードの腰に回っている。

走り出した車は、国道に出てさらにスピードをあげた。

「ヒューズさん、仕事ってどんなの?なに積むの?」

社長はいい加減でセクハラ好きで、どうしようもないけど。

でも、安心できる。
大丈夫と言われただけで、心にかかり始めていた影がどこかにいってしまった。

ロイがいれば、きっと大丈夫。

エドワードは窓の外を流れていく景色に目を移した。
これから、どこに行くんだろう。
新しい仲間と、新しい仕事。それはどんなふうに始まるんだろう。

知らない場所へ行くときのような高揚感に、エドワードはわくわくしながらロイの手を握りかえした。





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