きみがそこにいるだけで
「で。おまえ、これからどうするんだ」
エドワードの金髪を弄びながらロイが聞くと、ヒューズは肩を竦めた。
「職安に行って、いくつか募集は見てきたよ」
「今はなかなかいいのがないだろう」
「ないな。長距離なら少しはあるが、家に帰れなくなるしなぁ。女房からは、今度はもっと家にいてほしいって言われてんだ」
今まで週に一回帰るかどうかみたいな仕事してたからな、とヒューズが笑う。寂しがる奥さんの気持ちが理解できて、エドワードは頷いた。
「地場でどっか募集してなかったの?」
地場、はつまり、地元のことだ。遠くても隣県くらいまでしか走らず、時間にばらつきはあるがだいたい毎日家に帰れる。
「なかなかないし、あっても給料が安すぎたりしてなぁ…娘ももうすぐ学校だし、どこでもいいってわけにはいかねぇや」
そうかぁ、とまた頷くエドワードの頭を撫でて、ロイは考えるような目でビール缶を見つめた。
「今までおまえがやってた仕事は、全部なくなったのか?」
「いや……昔からの馴染みのとこは、オレがまた走るまで待つって言ってくれてるよ。今はよそに臨時で頼んでいるようだけど、」
ヒューズのため息が部屋に響く。
「早めに、もう無理だからって言わなきゃなんねぇんだけどな。なんか…言いにくくて」
「そうか」
頷いてから、ロイはリザを見た。リザもそれへ頷いてみせる。言葉はなくても、なにか通じるらしかった。
「ヒューズ、その仕事は全部うちが受けよう」
「え」
顔をあげて、ヒューズが慌てて首を振る。
「赤字の仕事ばっかだぜ?とてもじゃないが合わねぇし、」
「うちはうちで走ってるからな。他の仕事のついでに積んでついでに下ろせばそんなに負担じゃない」
「…………そうか?なら……」
顧客を気にしていた様子のヒューズは、それを聞いてほっとした顔をした。
「悪いな、ロイ」
「いや。だが、どこでどんなふうになにを積むのかもわからんし、うちはまだ新参者だから信用もないだろうしなぁ」
ロイが言えばリザが笑う。
「そんなふうに付き合いを大事にする会社なら、やっぱりよく知った人が行かなきゃ信用してもらうのは難しいものね」
「……それはまぁ、オレが紹介するし。仕事もちゃんと引き継ぎするよ」
戸惑うヒューズの肩を、ハボックがぽんぽん叩いた。
「鈍いなぁオッサン。社長はね、あんたにうちに来いって言ってんだよ」
「え!?いや、でも」
皆を見回して焦った顔になるヒューズ。その目が自分を見たのに気づいて、エドワードも笑顔を向けた。
「いいじゃん、ヒューズさん。仕事探してたんだろ?」
「そりゃ、そうだけど」
そんなつもりで来たわけじゃない、とまだ困った顔のヒューズを見て、ロイはビール缶をテーブルに置いた。
「別に友人だからとか同情したとか、そんなんで言ってるんじゃない。おまえの持ってた仕事をうちに取れるし、ベテランドライバーが一人増えるし。うちにメリットが大きいから言ってるんだ」
「……………」
「うちも今、ギリギリでやってるの。来てくれたら助かるわ」
たたみかけるように微笑むリザに、ヒューズは浮かしかけた腰をまた下ろした。しばらく下を向いて考えこんでから、おもむろにロイのほうへと体を向ける。
「すまん、ロイ。よろしく頼む」
頭を下げる親友に、ロイはにやりと笑ってみせた。
「今度から仕事のときは社長と呼んでもらうぞ」
「……ちぇ。仕方ねぇな」
苦笑するヒューズの顔からは、さっきまでの重苦しい影は消えていた。
よっしゃ、歓迎会だ!
そう言って新しいビールを開けたハボックに、リザがため息をつきながらベランダに出た。ほどなく自宅からビールをパックで持って来る。
結局その夜はロイは酔いつぶれて眠ってしまい、ヒューズもそのまま転がって動かなくなった。歩けないほどに酔ったハボックも床に倒れてイビキをかいている。リザはそのハボックの額に一発デコピンしたあと、さっさとベランダから帰っていった。
エドワードは帰るに帰れなくなり、床からベッドの上に這い上がった。
そこから部屋を眺めてみると、男三人と空き缶が散乱する室内は足の踏み場もない状態。明日片付ける暇があればいいが、とため息をつく。
でも、とエドワードは毛布に丸まりながら思った。
ロイが親友を見捨てる人じゃなくてよかった。
優しい人を、好きになってよかった。