きみがそこにいるだけで





「はぁ。飲酒運転スか」
ソファに座ったハボックは、肩を竦めながらモップをそこらに放り投げた。
「そりゃダメっスよ。てか、よくまぁその状態でここまで運転できましたね」
「ちっと飲んだくらいで、へまはしねぇよ」
「酔っぱらいは皆そう言うんだ」
ロイの目はまだ厳しい。
「女房や子供もいるくせに、なに考えてるんだおまえ」
「そうっスよ。事故でもしたら大変でしょ。ケガじゃ済まないっスよ」
二人がヒューズに説教している間に、リザは部屋に戻っていた。なにか作ってくる、と言ったからには、今からここで飲むに違いない。
エドワードは所在なくベッドに座って、床からモップを拾いあげた。力を入れれば折れそうな華奢なつくりの短いモップで、どうやって強盗と戦うつもりだったんだろう。
「うるせぇな、オレは武闘派なんだよ。武器なんて要らねぇんだ」
エドワードの呟きにハボックが振り向く。
「じゃ、なんで持ってきたの?」
「それは……まぁその。一応、なんかないかと思って見回したら、それしか目につかなくて」
目を逸らすハボック。要は動転していたということか。
「いざってとき役に立つようなモン、なんか置いとかねぇとなぁ。鉄パイプとか」
いつの時代のどこの暴走族なんだ。
「あら、私は嫌よ。そんなものが気軽に転がってる部屋なんか」
大きなトレイに皿を並べたリザが入ってきた。
「一人で引っ越しをしようと考えるくらい嫌だわね」
「そんな!いやいや、マジなわけねぇでしょ、捨てねぇでくださいよぉ」
情けないハボックを無視して、リザは小さなテーブルいっぱいに皿を並べた。エドワードがキッチンに走り、グラスを運ぶ。ロイの部屋のキッチンにある冷蔵庫には、ビールしか入ってなかった。

準備が整い、全員がテーブルを囲んで床に座った。ヒューズとエドワードにはリザが麦茶を持ってきている。
「さて、話を聞こうか」
ロイが改めてヒューズを見た。
「話しに来たんだろ?」
「…話すっていうか」
ヒューズは苦笑して麦茶を飲んだ。酔いはいくらか醒めたらしい。
「そんなんじゃねぇんだ。一人で飲んでたら、おまえの顔が見たくなっただけでさ」
「昔から、悪い癖だな」
ロイがため息をつく。
「なんでも一人で抱えこんで。話す気になったときには相談じゃなくて結果報告だ。あとから聞く身になってみろよ。最初から知ってればなんとか力になれたかもしれんのにとか思ったら、やりきれんぞ」
「ははは。おまえ、身内にはとことん人がいいからな」
笑ってからヒューズは唇の傷を押さえた。痛むらしいが、あんなところでは絆創膏も貼れない。エドワードはきょろきょろして、ティッシュの箱を探してヒューズの前に差し出した。
「あんがとよ」
一枚抜いて傷に当て、ヒューズは考えるように天井を眺めた。
「………まぁよ。しばらく前から、あんまうまくいってなくてよ」
「そうなのか?」
「ああ。オレは個人でやってたから、仕事はお馴染みさんとかそこからの紹介とかばっかだったんだが」
頷くロイに、ヒューズはまた苦笑した。
「こんだけ燃料が値上がりしちゃ、割に合わねぇどころか仕事によっちゃ赤字になるんだよ」
「それはまぁ、うちも同じだ」
ロイの言葉にリザが頷く。燃料価格の高騰には、どこの運送屋も胃に穴が空きそうな思いをしているはずだ。
「おまえらは、会社を名乗って実績をあげてるからまだいいんだ。オレたちはそうはいかねぇ。少しでも運賃値上げを匂わせたら、もうダメだ。すぐに切られて、よそに鞍替えされちまう」
「あー、オレ聞いたことありますよ」
ビールの缶を開けて、ハボックが頷いた。
「ちょっとミスしたドライバーに、荷主のおっさんが言ってた。運送屋はあんただけじゃないんだ、うちは別によそに頼んでもいいんだぞって」
「パワハラよね、もう」
リザがウインナーをつまみながら眉を寄せた。
「値上げ交渉をしようとしたり、あからさまな過積載を断ろうとしたりすると、そうやって脅してくる荷主はたまにいるわ」
「正直、今は仕事の奪いあいだからな。荷主としては運送屋なんて選び放題だ」
壁にもたれかかったロイがエドワードを手招きした。仕方なく側に移動した恋人を片手で抱き込んで、ロイは上機嫌な顔でビールをひとくち飲む。その手が赤くなっているのを見て、エドワードは抵抗するのをやめた。親友を殴ったロイも、きっと痛かったんだろう。憎しみからじゃないだけ、余計に。
「少しでもいい仕事をと考えるのは皆同じだ。以前はそこでものをいうのは実績と信頼だったが、今は値段だからな」
「荷主にとっては、ちょっとでも安く運べるならそのほうがいいものね。だから大きな会社は仕事がたくさんきて、小さなところは端から食われて潰れていくんだわ」
ぼやくようなリザに、ヒューズが笑った。
「そう、それ。オレはまさにそれでやられちまったわけだ。一番でかい仕事をとられて、どうにもならなくなったってわけだよ」
「大きい会社は運賃安いの?」
窮屈な姿勢でエドワードが見上げると、ロイが頷いた。
「大手は燃料も自社で確保してたりするしな。人手も車も足りてる分、仕事を振り分けて一人あたりの仕事量を減らして給料を抑えて、人件費を減らすこともできる。割に合わないような小さな仕事は、もっと小さい会社を下請けとして安く使えばいい。そうやって運行費を安く設定するんだよ。それに、宣伝も派手にやるから名前が売れてるだろ?誰だって聞いたことのない小さい会社よりはそういうところのほうがいいに決まってるからね」
「うちは宣伝とかやんないの?」
「…まぁ、そのうちに」
誤魔化すように笑うロイを見上げて、エドワードはなんとなく納得した。時計や鞄を買うのにブランドを選ぶのと同じようなものなんだろう。しかも安いとなればなおさら。
ヒューズが麦茶をちびちび飲むのを眺める。きっと、知らないところで苦労していたに違いない。

フリーでやっていくのは大変なんだと以前ロイに聞いたが、あまりよくわかっていなかったところがあった。

今、目の当たりにして、ようやく現実が見えてきた気がした。

本当に今、運送業界は大変なことになっているんだ。

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