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きみがそこにいるだけで





ぴんぽーん。
軽やかに響くチャイムに、ロイが時計を見て嫌な顔をした。
時刻は真夜中に近い。職場から強引にお持ち帰りした恋人を今剥くところだったのに、と不満そうなロイを、エドワードが早く出ろと急かした。
「セールスかなんかだろ。それか宗教の勧誘とか」
「どっちもこんな時間に来やしねぇよ」
「じゃ隣のハボックが部屋を間違えたんだろう」
「んなわけねぇだろ!さっさと行けよ!」
渋るロイを蹴飛ばすようにして玄関に向かわせ、エドワードはほっと息をついた。

ここのところ、確実に荷が増えている。疲れて疲れて、さっさと眠りたいのが本音だ。
ロイもそれは同じのはずなのに、あの元気はどこからくるんだろうか。
『仕事を一度断ると、すぐによそにとられてしまうから』
事務所でリザがそう言っていたのを思い出す。
『多少無理をしてでも頑張らないと、うちみたいな小さな会社は生き残れないのよ』
不景気だからかなぁ、とため息をついて、エドワードはベッドに横になった。枕や毛布からロイの匂いがする。それに包まれて目を閉じると、そのままあちらの世界に旅立てそうだ。
がたん。
心地よい睡魔に身を任せていたエドワードの耳に、玄関から派手な音が響いた。同時にロイがなにか言っている。それへ答えるのは男の声だが、酒を飲んでいるのか呂律が怪しい。
起き上がったエドワードが見ていると、部屋の入り口からロイが入ってきた。ぐったりした男に肩を貸して、引きずるみたいに歩かせている。
どさりとソファに下ろされた男には、エドワードも見覚えがあった。
「ヒューズさん!?」
思わず言うと、ヒューズは顔をあげた。前回きれいに撫で付けてあった髪はばらけていて、眼鏡も鼻からずり落ちそうだ。赤い顔でへらりと笑い、エドワードに向かって片手をあげてみせる。
「よーぉ、エドワードだっけか。覚えててくれたんだな」
「ヒューズ、私の恋人に気安く声をかけないでもらおうか」
眉を寄せた表情のロイが、キッチンからグラスで水を持ってきた。
「ほら、これ飲め。ったく、飲み過ぎだろう。おまえにしては珍しいな」
「オレだってたまには飲みたくなるさ」
水を飲むのも苦労するような状態で、ヒューズはまだへらへら笑っている。
「おまえ、どうやって来たんだ?タクシーか?」
ロイがちらりと外を見た。このマンションは住宅街の外れに建っていて、周囲に酒を飲むような店はない。
「タクシーなら、結構金額要っただろう。金は足りたのか?ていうかそんな状態で、払えたのか?」
意外にお人好しなロイは、タクシーを待たせているなら代金を立て替えようというつもりらしい。自分の上着を探って財布を出して、ヒューズの顔を見た。
「はは。お気遣いなく」
グラスが手から落ちそうになって、エドワードが慌ててそれを受け取った。
「車で来たからよ。路駐だけど、駐禁とかじゃねぇよな?」
「…………車で?誰が運転してきたんだ?」
「オレしかいねぇだろ?」
「………」
あっはっは、と笑う酔っぱらいを睨み、ロイが拳を握る。
「ちょ、ロイ…!」
エドワードは止めようと立ち上がったが、遅かった。
がつんという音。ヒューズは壁にぶつかり、そのままずるずると床に座りこんだ。
「なに考えてんだ、おまえは!」
ロイが怒鳴るのは珍しく、それだけにエドワードはなにも言えない。
「免許いらないのか?一発取り消しなんだぞ!そんなことになったら仕事はどうするんだ!」
「あー、それもお気遣いなく」
切れた唇の血を袖で拭って、ヒューズはくすくす笑った。
「廃業だよ。仕事はやめた。トラックも売ったしな」
「………え……?」
黙るロイのかわりに、ベランダからガラス戸をどんどん叩く音がした。
「何事っスか、社長!」
「エドワードくん!どうしたの!?」
騒ぎに驚いたお隣さんが、ベランダの境界に空いた穴から様子を見にきたらしい。
動かないロイのかわりに、エドワードがカーテンと鍵を開けた。飛び込んできたハボックはなぜかダスキンのモップを持っていて、リザは入るなりエドワードの頭を抱えるように抱き締めた。
「……あ?えーと、ヒューズさん?」
拍子抜けしたハボックの声。
「オレ、てっきり強盗でも入ったかと……」
モップは武器にはならないと思うけど。
妙に冷静にそう考えながら、エドワードはリザの腕の柔らかさに赤面しつつ硬直していた。




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