きっと空も飛べるはず





ロイの車のバックランプが灯るのとほぼ同時に、エドワードは後ろからぽんと肩を叩かれた。
はっとして振り向くと、さっきこのデコトラの運転席に座っていた男だった。人懐こい笑顔の男はデコトラの後ろへ回って、観音ドアを大きく開ける。それを見たエドワードも、思い出したように慌ててロイの車に駆け寄った。観音ドアを開けるのを待つように、黒い車体は停止したままだ。
両方の車の箱が解放されると、ロイの車はまたゆっくりとバックし始めた。

「おまえがエドワードか?」
にこにこと名前を言われて頷くと、運転手は手を差し出してきた。
「オレはヒューズってんだ。ロイとはガキの頃からの遊び仲間でさ」
幼なじみってやつか。エドワードは急いで頭を下げた。
「エドワード・エルリックです。えと、ロイの会社で見習いしてて」
「婚約してんだろ?聞いてるぜ」
ヒューズは眼鏡を指で直しながらエドワードを見た。
「どんな子かと思って、会うのを楽しみにしてたんだよ。よろしくな、エド」
「はい。よろしくお願いします!」
よかった、いい人みたいだ。エドワードはほっとして笑顔になった。

「…………ヒューズ」

その瞬間に聞こえてくる、低い声。

「私のエドワードに気軽に話しかけるな」

ああ、やっぱりやきもち妬くんだ。
エドワードが眉を寄せて振り向くと、ロイが伝票の束を手にこちらを睨んでいた。
「なんだロイ、いつの間にそんなに心が狭くなったんだよ」
ヒューズは気にする様子はない。
「うるさいな。ほら、伝票だ。さっさと積み替えろ」
伝票を突き出して代わりにエドワードを引き寄せるロイに、ヒューズは嬉しそうに笑った。
「エド、こいつ昔はやきもちなんか妬いたことなかったんだぜ」
「……………へ?マジ?」
「こんな顔のロイは初めてだよ。おまえ、相当愛されてんなぁ」
エドワードは真っ赤になって俯いた。ロイは嫉妬深いと思っていたけど、どうやらそれは自分限定らしい。初めて知った事実に、戸惑うと同時に嬉しくなる。
ロイは少し頬を染め、もう黙れと乱暴に言ってからさっさとトラックの荷台に上がった。
「いや、あいつがあんなふうになるなんてな。おまえのおかげだよ」
ヒューズが優しい目をエドワードに向けた。
「心配してたんだけどな。あいつも、少しは人間らしくなったらしい」
ありがとな、と言われて驚くエドワードを置いて、ヒューズも荷台に上がって行った。

ロイが、人間らしく?
最初に出会ったときから、ロイは自分の前ではずいぶん人間というか子供っぽかったような気がするのに。
以前は違ったんだろうか。

考えこむエドワードに、横から声がかかった。
「あの、すいません」
「はい?」
びっくりして顔をあげると、さっきロイに怒鳴られていた男だった。なぜだか手にペンと手帳を持っている。
「この黒い車は、おたくの会社の?」
「え?はぁ。そうですけど」
答えながら相手を観察する。真面目そうなサラリーマン風。休日だからかジーパンにシャツの気楽な服装なのに、どこか固い印象。
「どこから来られたんですか?」
「え……どこって」
エドワードは思案して、牡蠣を積んだ会社のある地名を答えた。
「これからどこへ?」
「……いったん会社に戻るんですけど」
それがなんの関係があるんだろう。怪訝な顔になるエドワードの前で、男はいちいちメモをとっている。
「おたくの会社はどこで、どんな仕事をしてるんですか?いつもはなにを運んでるんですか?何時頃に帰るんですか?」
「………あの、それ聞いてどうするんですか?」
「何台くらい車があるんですか?全部こんな色?」
「いや、だから…」
しつこい質問に辟易するエドワードにはお構いなしに、男はメモをしながら聞くのをやめない。
「ドライバーは何人で、ここにはいつ何時に来るんですか?」
「あのねぇ、」
さすがに嫌になったエドワードが文句を言おうとしたとき、後ろからがっしり肩を掴まれた。ロイかと思って振り向いたら、ヒューズが笑顔で立っていた。
「あのな。仕事の邪魔しねぇなら居ていいって言ったろ?それ以上しつこいと、もう相手にしてやんねぇぞ」
男はヒューズを見て、その後ろ(たぶんロイ)を見て、また黙って建物のほうへと戻っていった。
「ヒューズさん、あの人知り合いなんですか?」
「ああ、あれは追っかけだよ。気にしなくていい」
「追っかけ?」
仕事の用語なら、それは先行で出た車を追って走る後追いの車のことだ。
「あの人もトラック乗ってんの?」
「違う違う」
ヒューズは笑いながら手を振った。
「アイドルとかを追っかける、アレだよ。あいつはデコトラの追っかけなんだ」
「………デコトラの、追っかけ……」
「トラックおたくってやつだな。ああやって気にいった車を見つけては、写真撮ったり話聞いたりしてんだよ」
「なんか、うちの会社のこととかやたら詳しく聞かれたんだけど…」
「うん。とにかく、なんでも知りたいらしい。オレたちにゃ理解できんが、気にいった車のことはどんな小さなことでも聞きたがる。ウゼェったらねぇよ」

世の中は広い。

アイドルやタレントの追っかけはエドワードも知識としては知っていた。

でも、デコトラにもそんな人がいるなんて。



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