きっと空も飛べるはず
世の中は日曜日。
天気もよく、国道は混んでいる。普通車が並ぶ中に混ざって、ロイのトラックがゆっくりと走っていた。
「ずーっと先まで混んでるよ」
助手席に座ったエドワードが道の先を眺めてため息をつく。
「日曜日だからな。暖かくなってきたし、みんな遊びに出るんだろう」
タバコをくわえて、ロイはシートに背をもたせかけてのんびりと片手でハンドルを握っていた。車が大きすぎて裏道に入ることもできず、渋滞について行くしかない。同じような境遇の大型トラックが他にもいて、みな似たようなポーズでうんざりと前を見ていた。
さっき牡蠣を積んで出て、今から市場へ行く。そこで他社のトラックと待ち合わせをしていて、積んだ荷物をそれへそっくり積み替えることになっていた。
自分たちはそれがすんだら会社へ戻り、他社のトラックは積んだものを遠くの街へ運んで行く。
自分たちで持って行くには経費がかかりすぎて合わないときに、その地方へ走る仕事のある他社に頼んでついでに持って行ってもらう。手間賃は必要だが、自分たちが走るよりは安くすむ。他社もついでなので経費はかからず、手間賃が入るので悪くない仕事だ。
そのために頼んだ荷物をトラックがいるところまで運んで行く仕事は、中継と呼ばれていた。あまり遠くまで行かないロイの会社ではよくやる仕事だ。
「今日は、どんなトラックが来るの?」
座り直したエドワードが、後ろからお菓子の袋を引っ張り出して聞いた。
「友人なんだ。フリーでやってる奴でね、よく仕事を回してやってる」
「フリー?」
こんな仕事にもフリーってあるのか。エドワードが丸い目を向けると、ロイは肩を竦めた。
「フリーになるのは難しいよ。経費だのなんだの、金の管理がまず大変だし。トラックも自分で買って自分で管理しなくちゃならんしな」
「トラックって、いくらするの?」
「さぁな」
ロイは笑ってエドワードの口の端についたチョコを指で拭った。
「仕様によるから、色々だ。ちなみにリザの4トン車は一千万だ」
「い……………」
エドワードはキャビンの中を見回した。これは大型だから、もしかしたら家より高価なんじゃないだろうか。
「あの……オレ、今度からスリッパかなんか履いて乗ろうか…」
落ちた菓子くずを気にしながら言うと、ロイがくすくす笑った。
「仕事で使う車なんだ、いちいち履き替えてちゃ面倒だろう。汚れて当たり前なんだから」
「でも……じゃ、今度ガソスタ行ったら掃除機かけようか。ちょっと大事にしないと」
「大型には掃除機は貸してくれないよ。ま、あんまり汚れたら会社で掃除機かけるさ。フュリーあたりが」
自分ではやりたくないらしい。
「それよりエドワード、そのチョコ塩が入ってるのか?うまいな」
指をぺろりと舐めて言うロイに、エドワードはお菓子の袋を差し出した。
「かっぱえびせんのチョコがけ!美味しいよ!」
まだまだ伸びている車の列を眺めながら、ひとつの袋から一緒にお菓子を食べる。渋滞も悪くないな、とエドワードは上機嫌で次の袋を取り出した。
市場に入って、ぐるりと車を回す。日曜日の昼間とあって、トラックもあまり停まっていない。閑散とした場内を一周したロイは、隅に停まっていたトラックを見て笑顔になった。
「いたよ。あの車だ」
エドワードは顔をあげ、それから口を開けた。
声は出ない。ロイが言う相手はすぐにわかったが、それがトラックだとはにわかには信じられなかった。
大きな車体の大型トラック。異常に張り出したバンパー。箱はアルミで、鱗模様が一面に張ってある。キャビンの上には屋根のように張り出したひさしがついていて、きらびやかな電飾が日差しを浴びてきらきら輝いている。エンジンから煙突のようにマフラーが二本空へ突き出していて、箱の上部にはなんだかよくわからない飾りが左右についていて。
とにかく、元の車種もよくわからないくらいに改造されている。トラックというよりは、変形合体を待つロボットの一部のようだ。
「後ろへつけよう」
ロイは見慣れているらしい。運転席にいた男に手を振り、横を通りすぎる。
「これ………デコトラ?」
「そうだよ。派手だろ?」
苦笑しながら言うロイに頷きながら、エドワードは煌めく車体を見つめた。子供の頃に持っていた、超合金ロボみたいだ。
後ろへ回ると、見知らぬ男が一人立っていてロイに手を振った。さっきの運転手ではない。誰だろう、相手の会社の人だろうか。でも、フリーだと聞いたような気がする。エドワードが考えていると、男はロイの車に近寄って手招きした。どうやら誘導したいらしい。
だが、ロイはミラーやバックモニターに映るその男に舌打ちして、窓をいっぱいに開けた。
「そこをどけ!」
怒鳴るように言うが、男は聞いてないのか聞く気がないのか。
「オーライオーライ」
のんきに手をあげる男に、ロイは苛ついたようにシートベルトを外して車から降りた。
慌てて降りてそちらに回ったエドワードは、珍しい光景を見た。ロイが男に向かって、かなり怒った声をあげている。男は驚いた顔で、なにがいけないのかわからないといった様子。
「危ないだろう!動く車の側には近寄らないでくれ!」
「誘導を、」
「素人の誘導なんぞ要らん!それよりモニターやミラーに映るのが邪魔で迷惑だから、どっか隅にでも行って見てろ!」
男は黙り、市場の建物の側まで行った。そこでこちらを向いて立つ男を見て、エドワードは戸惑った目でロイを見上げた。
「……どうしたの?」
「ああ、すまんなエドワード。このへんで待っててくれ。今車をつけるから」
「うん」
トラックに乗り込むロイを見送ってデコトラの脇に避けながら、エドワードはまだ驚いたままだった。
ロイがあんなふうに誰かに怒鳴るのを、初めて聞いた。
あの男は誰なんだろう。そちらをちらりと見ると、男は建物の側でこちらをじっと見つめていた。
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