きみと、二年越しのキスを





長方形の蓋のない木箱に、尻尾がはみ出すほどでかい魚。それぞれの腹に貼りつけてある紙には数字が書いてあり、聞けば魚の重さだという。
「………一匹、10キロくらいあるんだけど……」
スーパーの鮮魚売り場で見たことがあるハマチはもっと小さかった。あれが進化を遂げたのがコレか、とエドワードが感心している間に、荷台の半分くらいを木箱が占領してしまった。
次は発泡スチロールの長い箱。ちゃんと蓋がついていて、寿だの迎春だのと印字してある。中は鰤が一匹ずつ、飾りらしい葉のついた小枝と一緒に入っていた。
「こっちは贈答用だ。箱に傷がつかないよう、板を立てないとな」
荷台には大きなベニヤ板が数枚常備してある。それを立てて木箱エリアと発泡スチロールエリアに区別し、箱をどんどん積んで行く。木箱には持ち手がついていたが発泡スチロールにはそんなものはなく、慣れないエドワードはもたもたよろよろと手間をかけながら運んで積んだ。
「無理はするなよ。腰で持とうとするな、あとが辛くなる」
「そんなこと言ったって……」
全部積み終わる頃には、エドワードはへろへろに疲れきっていた。

フュリーたちとはそこで別れ、ロイの車は国道に出た。雪のせいか車は少ない。まだ積もるほどではなかったが、それでも視界を遮る白い雨はエドワードを不安にさせた。
「これ、どこに持ってくの?」
気持ちを切り替えようとロイを見た。雪の中を走るロイはいつもとまったく変わらず、タバコをくわえて前を見つめている。
「地方の小さな市場に運ぶんだ。そこからは小さいトラックが分けて積んで、それぞれが担当している店へ運ぶ。朝には店頭に並んでないとダメだからな、時間に遅れるわけにはいかないんだ」
「へぇ……」
店に到着すれば、切り身や刺身にする作業がある。きれいに並べてパックしたりもするのだろう。
「大変なんだなー……」
「まぁな。私たちは運んで置けばそれで終わりだが、そこからあとが大変だろうな」
大きな四角い箱を積んだトラックを追い越した。数回クラクションを鳴らされ、ロイがハザードを点滅させて答える。トラック同士の挨拶だった。
「あれは水槽を積んでるんだ。海水が入って生け簀になってて、中に生きた魚が泳いでる」
「生きた魚……」
生きているカニを運んだことを思い出し、エドワードは首を振った。
「オレ、絶対無理!」
「はは、これには水槽はついてないからな。生きてるやつを運ぶことはないさ。だいたい普段は鮮魚もあんまりやらないし」
生臭くなるから掃除が大変なんだ、と言うロイに頷いて見せたが、エドワードはそんなことは気にならなかった。
運んでいる間にお亡くなりになられてしまったら。
そんな心配をしながら走るのは嫌だ。心臓がもたない。

強くなっていく雪を振り払うように巻き上げながら、トラックは真夜中の国道を走った。道の両脇はもう白くなり始めていた。









普段は明け方まで誰もいない小さな市場も、今夜は違うらしい。たくさんの小さなトラックが並び、中央市場からの大型トラックを今か今かと待っていた。
降りて伝票を渡す間に後ろのドアはさっさと開けられ、同じ帽子を被った男たちがどんどん荷をおろしていく。手伝おうかとエドワードが傍に行ったが、仕分けしながらおろすからと断られてしまった。
仕方なくぼんやり眺めていると、水槽を積んだトラックが入ってきた。上の蓋を開け、網を使って中の魚を放り出すようにすくいあげていく。それを数人がかりで片っ端から捕まえるのを覗きに行くと、魚は棒の先に鉤がついた道具で眉間に穴を開けられていた。
海水で水溜まりになった中に血が飛び散り、エドワードは思わず後退りする。ハマチや鯛、鮃などがどんどん処理されて木箱に放り込まれた。
「ここで殺すんだ………」
「活け〆というんだよ」
振り向くと、でかい包丁を持った男が笑っていた。
「兄ちゃん、初めてか?」
「はぁ」
「捌く直前に〆ると、活きが違うんだ。身の締まった刺身になるぞ」
「そ、その包丁は……」
男は手にした包丁を見て、肩を竦めた。
「三枚におろしたやつを注文してくる店もあるんだ。面倒臭いけどな。仕方ねぇや」
男は死んだばかりの魚を一匹台に載せて、すばやく捌き始めた。魚はあっという間に身と骨と頭に分解され、内蔵は廃棄。他は真空パックにされて木箱に詰められる。次々に載せられる魚を鮮やかに捌く男の手つきに見入っていたエドワードは、ロイに肩を叩かれて我に返った。

「帰るぞ。いつまで他の男を見つめている気だ」

いや違う、魚を見ていたんだ。
と言っても通じない。ロイが嫉妬するとしつこいことを熟知しているエドワードは、ため息をついて車に戻った。

白くなり始めた地面を踏み、トラックがゆっくりと動き始める。エアサスの派手な音を聞いて魚を捌いていた男が顔をあげ、こちらに向かって手を振ってくれた。
またね、の意味を込めて振り返してから隣を見ると、眉を寄せたロイがこちらを見ていた。

もうすぐ夜明け。大晦日だ。

来年はもうちょっと、この恋人のやきもちが治まってくれればいいけど。

エドワードは初詣にはそれをお願いしようと決心しながら、うっすらと雪の積もった道を眺めてお菓子を取り出した。




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