きみと、二年越しのキスを







泣きながら手を振るエンヴィーを乗せたホークアイの車を見送って、ロイとフュリーの車も出発した。行き先はいつもの市場。手前の道端に車を停め、降りて4人で近くの定食屋で食事をした。
「積み込みは真夜中だから、それまで休憩しよう」
帰りながら肩を抱いてそう言うロイになんとなく嫌な予感はしたのだが。

キャビン後部のベッドに押し込まれながら、エドワードはもう抵抗を諦めてロイを見た。
「なんであんたそんなに元気なの」
「もちろん疲れてるさ」
ロイは無駄に爽やかだ。
「だがきみを見ているとね、どうしても一部分だけ元気になってしまって」
…………オヤジかあんたは。

時計をちらりと見て、エドワードは目を閉じた。運転してない自分よりもロイは疲れているはずだ。せめて休憩の間くらいは自分にできる方法で癒してあげよう。

けど、こんなことしてたら余計に疲れると思うんだけど。




深夜。
目を覚ましてみると、ロイはもう運転席に座っていた。缶コーヒーを飲みながら電話に向かって小声でなにか話していたが、エドワードが身動きする気配に気づいたらしく振り向いて笑う。
「おはよう、エドワード。そろそろ時間だよ」
それからまた前を向き、話を続けた。内容はどうやらホークアイが積んだ荷物に関してらしい。
「わかった。気をつけてな。素人が一緒なんだから、あまり飛ばすなよ」
そう言って電話を切り、後ろを向く。エドワードが服を着ようとしているのを見て、とたんにロイの顔が崩れた。さっきまでの若い社長の面影など微塵もない。遠慮のない視線が先ほどロイにつけられた痕を辿るのに気づいて、エドワードは赤くなった。
「あんま見んなよ」
そんな態度がロイを喜ばせていることには気づかないエドワードは、こそこそと毛布に隠れた。
「いいじゃないか、今さらなんだし」
オヤジじみた笑顔で毛布を引っ張るロイは恋人を通り越して変態の顔になっている。
「やだよ!いいからあっち向けってば!」
「なにを言う。隅々まで知ってるんだから、今さら隠してどうするんだ」
「隅々まで知ってんなら見たがる必要ねぇだろ!」
「何度でも見たいに決まってるだろう!しかも生着替えなんてレアな場面、見なくてどうする!」
「わー!こっち来んな変態!ちょ、パンツ離せ!脱がすな!」
暴れるエドワードを押さえつけようとロイが本気になったとき、携帯が鳴った。
「…………誰だ」
不機嫌な声でロイが応対している隙に、膝まで下ろされたパンツを履き直して急いでシャツを着る。
「時間?わかってる。ああ、そろそろ行こう」
相手はファルマンかフュリーだろう。大人げなく眉を寄せてロイが電話を切る頃には、エドワードはどうにかすべての服を装備し終わっていた。
「……………ちっ」
「舌打ちすんな!」
頭がぼさぼさになったまま息を切らして助手席に収まるエドワードを残念そうに見て、ロイは渋々運転席に戻って座り直した。

ロイのトラックには、エドワード専用の櫛が置いてある。きみの美しい金髪のために、とかクサいセリフと共に手渡されたものだが、エドワードにはその真意がわかっていた。仕事の途中でこういうことがあってエドワードの髪が乱れまくっても大丈夫なようにと買ってきたのだろう。つまり、乱す気満々ということだ。
なに考えてんだ、と心の中でぶつぶつ言いながらその櫛を使っている間に、ロイとその後ろに続いたフュリーの車は市場の中へと乗り入れた。

平常なら入り口には警備のおっさんが一人いるだけで、フリーパスで入れる。
だが年末のこの時期だけは、おっさんが増える。トラックを誘導し、無関係な車を追い出すおっさんたちはいつもの暇そうな様子とは違って大変そうだった。
普段は深夜2時あたりくらいまでは静かな市場も、今夜は昼間のように明かりが点けられていてリフトが山のような荷物のまわりを走り回っていた。たくさんのトラックが荷をおろしたり積んだりしている。リフトやトラックのエンジン音と怒鳴り声などの喧騒で、隣にいるロイの声も聞き取れないほどだ。
黒いトラックが並んで停まると、すぐにリフトが走ってくる。
「よぉ、マスタング!待ってたぜ」
リフトに乗った白髪混じりの男が笑顔になった。
「荷は揃ったか?」
「お待ちかねだぜ。持ってくるから後ろ開けて待ってな」
言うなりリフトはどこかに走り去った。派手なエンジンの音が喧騒の向こうに消えるのを見送って、ロイが降りるぞと促す。
ついて降りて後ろの観音ドアを開け、フュリーたちと一緒にきょろきょろしながら待つと、程なくリフトが戻ってきた。もう一台後ろにリフトがついて来ていて、どちらも木箱が積み上げられたパレットを運んできている。
「あれ、なに?」
エドワードの問いにファルマンが笑顔で頷いた。
「鰤だよ」
「ブリ、て…魚?」
「そう。小さいのはヤズ、中型はハマチ、大きくなったらブリ。名前が変わることから出世魚ということで正月には縁起物として食されたり贈り物にしたり……」
「蘊蓄はいい。積むぞ」
睦まじく話す様子が気にいらないらしいロイが強引に二人の間に割って入り、会話は中断された。それぞれのトラックの荷台にあがり、パレットの荷物を中へ運び込む。その間にリフトは次を取りにまたどこかへ消えていった。



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