黒と赤の夢





「今日の荷はなんだ?」
ハボックが聞くと、ブレダがちょっと顔をしかめた。
「人参。ちっと重いぞ」
「すぐ移すぞ。荷は全部同じか?」
「サイズが4種類」
「下ろす順番は?」
「適当」
短い受け答えだけで、3人は素早く散った。エドワードはどうしていいかわからずに3人を見る。

これ全部人参?こんなたくさん初めて見た。サイズってなに?なにすればいい?

「エドワード!あっちから運んできてくれ」
ロイが段ボールの山を指差した。空の荷台にはブレダが立って、早くもハボックから荷物を受け取っている。
慌てて手近な箱を両手で掴む。が、予想外に重い。箱には20キロ入りと書いてあった。
持ち上げてブレダに渡すと、ブレダはそれを抱えて荷台の奥へと走る。広い荷台を何度も往復するのかと思うと、エドワードは目眩がしそうだった。
が、横を見ればハボックは3箱抱えて走っている。ロイも2箱だったり3箱だったり。
疲れているはずの二人がそうやっているのに、なにもしてない自分がぼんやりしていてはどうしようもない、とエドワードは2箱一度に運ぼうと段ボールに手をかけた。
「無理するなエドワード。腰が逝くぞ」
ロイが声をかけてくる。
「平気!」
必死で持ち上げてブレダに渡した。大丈夫かよと苦笑されて、なんだか情けなくなる。
のんびりぼんやり過ごしてきて、体力も腕力もまったくついてない。エドワードは落ち込みながら、それでも必死で走り回った。
「おいハボ!MとLが混ざってるぞ!」
「ありゃ。悪ぃ、直しとけ」
「ブレダ、こっちしっかり組んでないぞ!これじゃ崩れる」
「うわ、はい!すいません!」
崩れないように積み上げるには箱をうまく組み合わせなくてはいけないらしい。それがわからないエドワードは、運んできた箱をブレダの横に置くしかできない。その隣を5箱抱えたハボックが走って行き、それをロイが組み上げていく。

役に立てない。

なんだか泣きたくなって、それをごまかすために必死に働き続けた。



ほどなくブレダの車は空になった。
かわりにロイの車は人参でいっぱい。
汗だか雨だかわからないものが全員の体を濡らしていた。
「ブレダとハボックはこのままこの車で行け。先方には多少遅れると伝えてあるが、一応ひとこと詫びを入れろ」
「はい」
「了解っス」
「私はレッカーを待ってからハボックの車で帰る。ハボック、必要なものは持って行けよ」
「はいはい」
ロイの言葉に、それぞれがまた雨の中に駆け出して行った。

ロイが車を少しだけ前に出した。観音ドアが閉められ、また通行止めをして向きを変える。重い荷が乗ったせいか、動きが鈍かった。

「よし、行ってこい!」
「ありがとうございました!」
ブレダが運転席に上がった。スポーツバッグを抱えたハボックが走ってきて、助手席に向かう途中に足を止めてロイを見る。
「社長、高速アリっすか?」
「ああ、仕方ないだろ」
普段は高速道路は使わないんだとハボックが言っていたのをエドワードは思い出した。指示なしで高速を使うと、自腹を切らなくてはならないとか。
「ども!んじゃ行ってきまーす」
ハボックは身軽に助手席に飛び乗った。エンジンをかけっぱなしだったロイのトラックはゆっくりと国道に戻り、最寄りのインターチェンジを目指して走り出した。



赤いテールが見えなくなると、辺りは急に静かになった。少し小降りになった雨が落ちる音と、わずかに虫の声が周囲の藪から聞こえてくる。

「エドワード、タオルがあるから。車に入ろう」

ロイの手がエドワードの肩に回された。
なぜだか振りほどく気になれなくて、エドワードは頷いてハボックの車に向かった。








「Tシャツが2枚あるんだ。少し大きいかもしれないが、着替えなさい」
ロイが自分の車から持ってきたスポーツバッグをかき回して、エドワードにシャツとタオルを放って寄越した。ロイ自身は着ていたシャツを脱いでそれで頭を乱暴に拭いている。エドワードは渡されたタオルを見て、戸惑ってロイを見た。
「あの、もしかしてこれ1枚しかないんなら、オレはいいから」
「なに言ってるんだ、風邪ひくぞ。私は慣れてるからいい」

慣れている。
それを聞いて、またエドワードは下を向いた。
ブレダは車に乗るなり濡れた服を脱いで、上半身裸でそのまま行ってしまった。
ハボックもバッグを持っていたから、タオルも着替えも常備しているんだろう。

みんな、きっとリザもこんな場面には慣れているに違いない。

自分だけが場違いな気がして、エドワードは俯いたまま小さくため息を溢した。
ここは会社で、ロイ達は仕事に来ている。
わかっていたつもりで、わかってなかった。
自分だけが、暇潰しに近い感覚で遊びに来ていたんだ。


「・・・・ロイ、オレ・・・邪魔、だったかなぁ…」

ぽつりと呟くと、ロイが怪訝な顔で振り向いた。

「みんな仕事してんのにさ。オレだけ、なんか・・・遊んでて」
「そんなことないさ」
なんだそんなことか、という顔でロイはまた前を向いた。
「私達の仕事は車に乗ってからだ。事務所は息抜きのための場所みたいなもんだからな」
ロイはびしょびしょになった服をまるめて、目についたコンビニの袋に投げ込んだ。口を縛ってバッグに入れ、それからエドワードを見る。金色の髪からまだ滴がぽたぽた落ちていた。
「ほら、早く拭け。椅子を濡らすとハボックに文句を言われるぞ」
手を伸ばしてタオルを奪い、エドワードの頭を拭いた。自分のときよりもずいぶん優しい拭き方に、エドワードは来るときに言われた言葉を思い出した。

間違ってない。

きみだから。

意味を聞くことは、怖くてできない。




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