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きみと、二年越しのキスを





皆が事務所に入り荷物を報告し合うのをよそに、エドワードはソファに死んだように横たわる友人の傍に近寄った。眠っているわけではないだろうが、エンヴィーはぴくりとも動かない。

「………エンヴィー?」
遠慮がちに声をかけると、友人の肩がわずかに揺れた。
「どうだった?なに運んだの?」
「……………アイスのケーキ」
呟くような返事。
「それと、冷食……」
「冷食?」
ケーキは聞いていたが、冷凍食品もあるとは知らなかった。エドワードが聞き返すと、エンヴィーはもぞもぞと起き上がって頷いた。
「唐揚げとか、ポテトとか。あと冷凍野菜。ミックスベジタブルとかいんげん、枝豆」
ホームパーティーの材料らしい。なるほどとエドワードは納得した。不景気だから家でクリスマスをやる人が多いのだろうか。
「あんなたくさんのケーキや冷食、初めて見た……」
最初の頃の自分と同じようなセリフに、エドワードは思わず笑った。自分も店で陳列してあるものしか見たことがなかったから、倉庫からセンターへ送られる荷物の量には最初は本当に驚いたものだった。

「エドワード」

後ろからの声に振り向くと、ロイが不機嫌な顔でこちらを見ている。
「コーヒーをくれ」
さっき飲んだじゃん。
とは言えないのでエドワードは立ち上がった。皆の分もとカップを出して湯を沸かす。
エドワードにはわかっていた。ロイはコーヒーが飲みたいわけではない。ただ自分が友人と一緒に座り、話をして笑ったから。それが気にいらなかっただけだろう。
「私のはブラックでいいから」
とっくに知っている好みをわざわざ口にするのは、傍に来る口実だ。腰から腹にするりと回された手を遠慮なくつねりながら、エドワードはわかったと無愛想に返事をした。

「ただいまー!うぁー、寒ぃ!」

事務所のドアが開いてハボックとブレダが入ってきた。
「雪降ってんぜ!道大丈夫か?」
「ファルマン、天気予報と交通情報見てみてくれよ」
途端に賑やかになる室内に、エンヴィーも少し元気を取り戻したようだ。窓の外を不安そうに見て、ホークアイのほうを見る。
「雪、大丈夫ですかね。積もったら……」
「大丈夫よ」
エドワードの淹れたコーヒーをトレイに載せて運びながら、ホークアイは微笑んでみせた。
「車が多いうちは道路は大丈夫。真夜中過ぎたら、まぁ多少は積もるかもしれないけど。スタッドレス履いてるし、たくさん積んで車が重たくなってるから滑ることはたまにしかないわ」
「………たまに………」
青くなるエンヴィーにホークアイがカップを差し出して、全員にコーヒーが行き渡ったところでロイが手を軽くあげて注目を促した。あげていないほうの手はまだしつこくエドワードの腰に絡みついている。真っ赤になったエドワードがそれを剥がそうと頑張るのを、全員が生暖かい目で見守っていた。

「さて諸君。とりあえずクリスマスは終了した」

ロイは腕をぐいぐい引っ張るエドワードの腰をいっそう強く引いて、至極真面目な顔で言った。

「次は年始だ。リザは追っかけに行くから、」
「追っかけって?」
顔をあげてエドワードが聞く。それへフュリーが笑顔を向けた。
「他の車が積みきれなかった荷物とか、間に合わなかった荷物を積むんだよ。先行で出た車を追いかけて走るから『追っかけ』なんだ」
「なるほど」
ロイよりわかりやすい、と頷くと恋人が眉を寄せた。
「……とにかく。残りの仕事を3台で振り分けるから、代表は前に出ろ」
「またじゃんけん!?」
あからさまに嫌な顔のエドワードの肩をぽんと叩いて、ロイが頼むぞとにこやかに言った。

クリスマス前もこうやってじゃんけんをした。負けた車はデコレーションケーキを運ぶと聞いて、最初に勝ったエドワードは倒れそうなくらいにほっとした。あんな繊細なもの、いくらエアサスがついているからといっても運びたくない。

今度は何のじゃんけんなんだろう。恐る恐る前に出ると、泣きそうな顔のフュリーと真剣な顔のハボックが出てきた。
「ハボ、次また負けたら飯奢れよ」
「勘弁しろよブレダ、おまえ食いすぎだよ」
ケーキじゃんけんではハボックが負けた。今度は絶対勝つ、と気合い充分だ。

「じゃんけんぽん!」

一回で勝負がついた。エドワードとフュリーがチョキ、ハボックがパー。

「おまえ頭もパーだからな」

不機嫌そのもののブレダの言葉に、ハボックは項垂れてホークアイに抱きついた。
「リザさんー、慰めてくださいよー」
「やぁねジャンったら」
ホークアイは笑顔だ。
「もし荷崩れさせて弁償になったら、向こう1年くらいお給料無しだからね」
ハボックはソファに倒れた。

「さ、決まったらハボックとブレダは出発だ!フュリー、ファルマン。市場へ行くぞ」
「はい」
ロイはエドワードの頭を撫でて上機嫌だ。エドワードはハボックのあまりの落ち込みように、いったいなにを運ぶのかとロイを見上げた。
「お節料理だよ」
「おせち、って、お正月の」
「そう。コンビニやスーパーで注文取ってるアレだ。きれいに詰まった重箱を運ぶんだ」

注文のパンフレットなら見たことがある。エドワードは恐々とトラックを見た。
あれで、おせち料理。
ケーキも怖かったけど、それもかなり怖い。

「ひとつ3万くらいのやつだったかな」

「………さんまん………」

じゃんけんに勝ててよかった。
エドワードは心底ほっとして、手にしていたコーヒーを飲み干した。




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