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きみと、二年越しのキスを






エドワードは助手席に這いあがって深く息をついた。身体中が疲れていて声も出ない。運転席に座ったロイが苦笑しながら缶コーヒーをくれたのへ頭を下げて礼にして、早速開けてひとくち飲んだ。温かくて甘い。疲れた体が癒されていくようだ。横を見ればいつもはブラックしか飲まないロイもミルク入りのコーヒーを口にしていた。

入社して初めての年末は、怒涛の勢いで過ぎていく。野菜も肉も大変な量だが、とりわけ鮮魚はすごい。普段は滅多に見ない高級食材があとからあとからパレットに山になって押し寄せてくるのを見て、エドワードは呆然とした。
たくさんの数の子にたくさんのイクラ。エビやカニ、ウニや牡蠣。冷凍されて箱詰めになったそれらを積み込むのはハンドリフトと呼ばれる手動リフトだ。長い爪をパレットに差し込み、自転車の空気入れよろしく持ち手を上下に動かして油圧の力で持ち上げる。下に小さな車輪がついているので一人でも充分引っ張ることができるが、重いものは重い。それを何回も繰り返して積み込み、大手チェーンのスーパーに送られる荷物が集まるセンターへ運んでまたハンドリフトでおろす。足の筋肉が過労を訴え始めた頃ようやくそれを終えて、また次に行って積み込み。そしてまたハンドリフト。
「疲れたー………」
普通のリフトもまだ満足に操作できないエドワードには、ハンドリフトは難し過ぎた。あっちにぶつけこっちにぶつけ、何度も角度を変えなければうまく収まらない。押すのも引くのも、小柄なエドワードにはかなり不利だった。
「慣れたらうまくなるさ。今から大晦日まで、いやというほど使うからな」
椅子にぐったりと座り込むエドワードの頭を撫でて、ロイがエンジンをかけた。揺れる車体の下でプシュー、という派手な音がして、エアサスが勝手に車高を調節する。先程まで重い荷を満載して低く沈んでいた車体が通常の高さに戻った。
「じゃ、いったん会社に戻るか。皆もそろそろ帰る頃だ」
「………うん」
真夜中から積み込みを始めて、もう夕方を過ぎている。何時間働いたかなんて考えたくない。
「ロイは大丈夫なの?」
「まぁな。慣れたから」
青白いヘッドライトと真っ赤なマーカーが点灯し、周囲を照らす。ゆっくりと滑り出した真っ黒な大型トラックは、雪がちらちら舞い始めた夕闇を会社に向かって走り始めた。



年末の荷物に対応するために、ロイの会社では今二人一組で仕事をしていた。ファルマンはフュリーと、ハボックはブレダと。そしてホークアイは、エドワードの入社によって奇数になってしまった頭数を埋めるためにエドワードの呼んだ友人エンヴィーと一緒に走っている。
クリスマス前から暇だと言っていたエンヴィーは、エドワードからの誘いに喜んでついて来た。一緒に乗るのが美しい女性ドライバーと聞いてテンション高く浮かれていた友人を思い出し、そのときに手を振ってトラックに乗り込むのを見送ってから数日経っていることに気づいて携帯を取り出した。どんな様子だろうか。慣れただろうか。

短い呼び出し音のあと、すぐに電話が繋がった。どうやら走っているところらしい。風の音がする。
「エンヴィー?そっちどう?」
返事がない。
「おーい?エンヴィー?」
『……………』
「どうしたんだよ、」
『エ………』
「え?」
『エド………助けて…』
エドワードは眉を寄せてロイを見た。
「どうした?」
「わかんねぇ。助けてって言ってる」
「…………ああ、」
ロイは頷いた。
「言ったはずだがな。彼女は飛ばすぞって」
エドワードは美人と一緒で浮かれていた友人の笑顔を思い出した。エンヴィーも一人でバイクに乗るときはかなり飛ばすらしいのに、やはりトラックとバイクでは感覚が違うのだろうか。
『リ!リザさん、ちょ、待って!ななな何キロ出てっか知ってますか!?』
焦った悲鳴のような声にエドワードの意識が電話に戻った。
『いやいやいや!それでよそ見とかあり得ませんって!可愛いワンピースがって、なんでこのスピードで店の中が見えるんですか!』
どうやらホークアイは通りすがりの店に飾られた服に見入っていたらしい。
「……エンヴィー、今どこ?」
『こ、国道………!』
まだアクセル踏むんですかという叫び声。あとは悲鳴。
同時に隣の車線を、真っ黒のトラックが追い越して行った。
「………また、あんなに出して……」
ロイが呟いている間に、ホークアイの中型車は見えなくなった。郊外に出ているとはいえ年末で普通車が多くなっている中を縫うように車線を変えながら消えた赤いマーカーを見送って、エドワードは黙って電話を切った。
「……エンヴィーは土建屋に勤めてて、ダンプしか乗ったことないらしいんだ」
「そうか………」
ダンプとトラックは走り方が違う。それがホークアイならなおさらだ。気の毒に、とロイが呟いて、エドワードは頷いた。

国道を逸れてすぐ、砂利を敷いた駐車場に車を乗り入れた。大型が3台と中型が1台停まっている。大型のうち2台はクリスマス前から置きっぱなしで冷えきっていて、1台はエンジンがかかっていた。中型はエンジンが切られ、事務所に明かりがついている。
ロイはその隣に車を停め、ハンドルに凭れるようにして空を見上げた。雪は少しだけ強くなっているようだった。


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