蹴落としちゃってごめんね





通り道にあるあちこちの町の市場に寄り、少しずつ荷を投げ置きしていく。荷台の中身は半分以下に減り、あと寄る町は3つ。

ロイは国道からハンドルを切って町の中へ続く道に入った。真夜中を過ぎた小さな町には誰もいない。車も来ない町道の所々にコンビニの灯りが見えた。
必死で地図を睨み、右だの左だのとエドワードが指示を出す。ロイはそのとおりに車を走らせ、やがて町を抜けて海岸に出た。その向こうに広い埋め立て地があり、いくつか工場が建っている。どこにも明かりはついていなくて、街灯だけがささやかに道を照らしていた。
そこを海へ向かってまっすぐ行き、たどり着いた正面になにやら小さな建造物があった。
小さな事務所と、その隣には海に面してコンクリートでできた広い台のようなもの。その台に柱が数本立ち、上に屋根が乗っている。
今まで見た中で、一番小さな市場。
「………ここ、かな」
いったん車を停めてロイが呟いた。真っ暗な事務所には人の気配もなく、無駄に広い駐車場には車は一台もいない。コンクリート台の上に乗った屋根から、わずかにいくつか灯ったままの電灯がぼんやりと浮いて見えた。
「とりあえず、あの台に着けるか」
トラックのエンジン音だけがやけに響き渡る。いくら吹かしてもどこからも苦情は来そうにない。周囲に人家はまったくなかった。

バックで台に向かって下がり、ほどよいところで止める。台は荷台よりもかなり低かった。
降りてまたまわりを見るが、なんにもない。いくつか積まれた木箱があるだけで、台車もリフトも見えなかった。
「さて、どうするかな」
「ホントになんにもねぇな」
きょろきょろしてても時間は過ぎるばかりだし、海からの風が吹きつけてきてとにかく寒い。暖房で暖まった体にはきつい、ととりあえず後ろのドアを開けて荷台に上がった。風がないからだろうか、3℃に設定してある荷台のほうが外より暖かい。
「…………蹴落とすしかなさそうだな」
ロイがマグロの箱を見て呟いた。エドワードも頷く。いくらなんでも150キロもの魚を、たった二人で持ち上げて下ろすのは無理だった。
ずりずりと荷台の上を押して移動させ、端に持っていく。それから下を見て箱を見て、顔を見合わせて。
「よいしょ!」
力いっぱい箱を蹴った。
箱は落下しコンクリートに転がった。中に魚が入っているとは思えない音が、無人の市場に響いた。

あとはもう見ない。箱の下に素早く伝票を差し込んで、急いで車に乗って市場をあとにした。
なにか犯罪でも犯したような、複雑な気分だった。




残りは早かった。あとは大きな市場ばかりで、トラックで入るとリフトが走り寄ってきて伝票も荷物も受け取ってくれる。最後の荷をおろした水産市場で、荷受けのおじさんにご苦労様と言われてようやくほっとした。
「坊主、コーヒー飲むか?」
ロイは市場に知り合いがいるらしい。向こうのほうで年配の男と話をしている。エドワードが一人で待っていると、リフトに乗ってきた男が缶コーヒーを差し出した。
「ありがと!」
受け取ってから、エドワードはマグロ様を思い出した。あんな市場に一人にしてしまって、大丈夫なのだろうか。
「なぁおじさん、オレたちさっきマグロ下ろしてきたんだけどさぁ……」
大きな市場に勤めているなら、マグロもよく知ってるはずだ。エドワードが先ほど蹴落としたマグロ様の話をすると、男は頷いて笑った。
「うちみたいなとこなら、専門のトラックが山ほど持って来るけどよ。ちっさいとこは、数もそんなにいらねぇから。あんたらみたいな配送便に頼んで送ってもらうんだよ」
「あんな乱暴なおろし方しちゃって、大丈夫だったのかなぁ」
「平気平気!箱に入ってたんだろ?傷ひとつついちゃいねぇよ」
男によると、専用便で届いたマグロは個別包装ではなくカゴにそのまま山盛りになっていて、運ばれてきたそのカゴをひっくり返して中身をぶちまけて出すのだそうだった。きんきんに凍りついたマグロは跳ねるくらいの勢いで落ちてもまったくなんともならないとか。
「……それなら、安心かな…」
微笑むエドワードの肩を、男がぽんと叩いた。
「今からトラック乗って一人前になるんだろ?そんなことでいちいちビビってちゃ話になんねぇぞ!」
「そうだよね」

ホントにそうだ。
ロイが戻ってきて、また助手席に登ってリフトの男に手を振って、エドワードは前を向いた。

今からだ。
まだまだたくさん勉強して、いずれ一人前になるんだ。
あれくらいで、怯むわけにはいかない。

「ロイ、腹減った!」
元気よく言えば、恋人は苦笑して時計を見た。
「そうだな、どこかに寄るか?」

夜明けが近い。明かりのついた家が増えてきた。

「早く帰ろ」

「そうだな……やはり帰ってからのほうが落ち着くかな」

「なにが?」

「いや、私も腹が減ってきたのでね」

きみが食べたくなった。

信号待ちの隙に耳に直接囁かれて、エドワードは赤くなった。

耳を押さえ、空いた手でロイを殴り、それから助手席で丸くなって。



一人前になるためには、やっぱり違う人と走ったほうがよさそうだ。




まだ暗い道を赤いマーカーを光らせて走るトラックの前方に、少しずつ見慣れた景色が広がってきていた。








END,

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