蹴落としちゃってごめんね






マグロをどうにか引っ張り込み、あとの荷を積んだ。後ろを閉めようとしたエドワードの耳に、なにかの物音がわずかに聞こえる。
荷物しか乗っていない荷台の中で、確かになにかの音が。
なにかが蠢くような、かさかさと擦れる音。
声にならない悲鳴をあげて、エドワードは手近な場所にいた女性にしがみついた。
「どうしたの?」
よその会社の運転手らしいその女性はエドワードを見下ろし、荷台の中を見た。
「なにかあった?」
「あ、あの………なにか、音が………」
怯えたエドワードを見て、女性は眉を寄せて荷台に上がって荷物を見回した。それからしばらく耳を澄ませ、くすっと笑って飛び降りてくる。
「あれはね、蟹よ」
「か、蟹?」
「うん。まだ生きてるからね、ごそごそするの。気にしなくても大丈夫よ、箱から出てきやしないから」
新人なの?頑張ってね。
そう言って女性は仕事に戻った。運転席で伝票を整理していたロイが自分を呼ぶのが聞こえる。
だが、エドワードは途方にくれていた。
巨大な冷凍マグロに、生きて蠢く蟹。
なんてハードな仕事なんだ。
「フュリーさん、すげぇ。尊敬しなきゃ……」
エドワードはふらふらと助手席に戻った。





倉庫を出てすぐに、ロイは電話を握った。エドワードもつい耳を寄せる。相手はもちろんフュリーだ。

「私だ」
『ひぇ。お疲れさまです、あの、リザさんが電話してきてエドワードくんの様子を聞かれたから、それで……』
告げ口はしてないと言い訳するフュリーを、それはいいからとロイが遮る。
「おまえ、冷凍マグロ運んだことがあるか?」
『……あー、今日来たんですか。ラッキー。いやその』
フュリーは咳払いした。
『月に1、2回くらいあるんですよ。社長、配送先の場所はご存知ですか』
「地図はもらった。行ったことがないんだが、そこは誰かいるのか?」
市場によっては、市が立つ直前くらいまで無人のところがある。地方の小さな市場はほとんどがそうだった。エドワードは大きな街の市場にしか行ったことがなく、そういう市場にはいつでも誰かがいて荷受けをして伝票を受け取ってくれていた。
『ものすごく運がよければ、たまたまなにか用事があって来た人がいる場合がありますが。たいていいつも誰もいません』
「投げ置きか」
ナゲオキ?
また知らない言葉に、エドワードがロイを見た。
『そう……ていうか、その便のほとんどの荷は投げ置きですよ』
「…………リフトかなにかあるのか?その、マグロのところに」
『ありません。台車もないです。はははは』
フュリーはなぜか機嫌がいい。
『荷台から蹴落とすんですよ。突き落としてもいいですが』
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
慌ててエドワードが怒鳴った。
「そんなことして、荷物は………」
『大丈夫だよ、かちんかちんだから。みんなそうやっておろしてるよ』
「…………………」

ロイはとりあえず電話を切った。二人で顔を見合わせて呆然とする。
短冊に切ったものではなく、ヒレを切り落としただけのまるごとのマグロ。いくらするのかはわからないが、高価なものだということだけはわかる。
そんな高価なものを、無造作に蹴落としていいものなのか。万が一、
「万が一、マグロ様にもしものことがあったら……オレ、責任取りきれねぇ………」
マグロ様はすでにお亡くなりになっていらっしゃるので、この場合のもしもとは傷がついたらということだ。分厚い皮膚はすでに漁で傷だらけになっていて、釘を金づちで打ちつけても歯がたたないくらいまで冷凍されていて、転がしたくらいではびくともしないのだが。
そんなことは二人の頭からは消え去っていた。
浮かぶのは水族館などで見た、優雅に泳ぐ巨体。あんな美しくもお高いマグロ様にそんな狼藉を働くなんて。
「…………まぁ、どんなに小さくても市場は市場だ。なにかあるだろう、台車とか」
やっとでロイが気を取り直したように言った。
「そうだよね!注文してきたってことは、今日届くことくらいわかってるだろうしな!」
エドワードも顔をあげた。
もう悩んでも仕方ない。積んでしまったからには、あとは行ってから考えよう。

帰りは高速道路には上がらないので、途中で見つけたコンビニで食事を済ませた。
「じゃ、行くか」
「うん」
時刻はもう真夜中に近い。これから朝まで、国道はトラックのものだ。
様々に輝くマーカーの列に混ざって、二人の乗ったトラックは自宅のある街を目指して走り始めた。







最初に行った市場で、エドワードはすぐに投げ置きの意味を理解した。
小さな市場は無人で、明かりだけが灯っている。事務所以外はどこも施錠していなくて、門も開けっぱなしだ。そこへ入り、指示された場所へ荷物を置き、それに伝票を挟む。誰に言うでもなく、それをそのままそこに置き去りにして出て次の町へ。
「放り投げて置きっぱなしにして行くから、投げ置きなんだな」
納得するエドワードに、ロイが笑った。
恐怖の的だった物音がする箱(蟹)は水産市場へ。そこには人がたくさんいて、リフトで荷受けしてくれる人もいた。
無事に蟹をおろしてから、ふとエドワードは不安になった。あのときは蟹は動き回り、かさこそと音がしていた。だが、今おろしたときにはなんの音もしなかったような気がする。
まさか、積んで走っている間にあの世に旅立たれたのでは。
不吉なことがよぎり、エドワードは頭をぶんぶん振った。
「どうした、エドワード。次へ行くぞ」
「な、なんでもない」

生きてる荷物は、怖い。

エドワードは逃げるように助手席によじ登った。





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