蹴落としちゃってごめんね
鮮魚売り場で箱いっぱいの塩サバを積み込んだ。発泡スチロールの箱はどれも同じ大きさだし、たいして重くもない。あまり時間もかからずに積み終え、車は市場を出て高速道路へ向かった。
「どこまで行くの?」
煎餅をばりばりしながら聞くと、ロイは地名を口にした。高速道路で3時間弱。
「途中で夕食にしよう。だからお菓子はやめなさい」
「やだ。暇なんだもん」
答えてから、エドワードはそういえばとロイを見た。
「バラマキってなんなの?」
「ああ、だからね。今から高速でその街に行って、積み込みをするだろ?それから……」
そこでロイの携帯が鳴った。
「………出ねぇの?」
固まったロイにエドワードが聞いた。
「……………きみ、出てくれ」
聞こえてくる着メロは有名な映画、ジョーズのテーマだ。
「それ、リザさん?」
「………なぜわかった」
「いや……なんとなく」
仕方なく恋人の携帯に手を伸ばし、通話ボタンを押した。
『社長、今どのあたりですか?』
「どのあたりですかって」
「えーと、高速に入ったところ…」
『今日のお仕事で高速使う用事がありましたっけ?』
「なんで高速乗ってんのかって」
「あー……まぁ、ちょっと………」
間にエドワードを挟んで、ホークアイの詰問が続く。どうやらフュリーから連絡が行ったらしい。
『次に勝手なことしたら、クリスマスシフトはエドワードくんと別々にしますよ』
「いや!それだけは……」
『では、社員を脅して無理やり代わるような真似はやめてくださいね』
エドワードは電話をロイのほうへ向けてかざし、途中から会話に参加するのをやめていた。視線を前へ向けて部下の言葉に冷や汗を流す社長を見ているほうが面白い。
電話を切ったあと、ロイはため息をついた。
「くそ、フュリーのやつ告げ口とは卑怯な」
「いや、あんたが強引なのが悪いんだろ」
エドワードは肩を竦めて携帯を戻し、また煎餅をかじり始めた。
「でさ、バラマキってなんなのか教えてよ」
「ああ、まだ言ってなかったか」
「そこまで行く前に話が逸れたり途切れたりしてんだっての。早く、」
教えろ。
そう言いかけたエドワードの横を、サービスエリアを示す標識が通り過ぎた。
「あ、そうだ。飯だった」
ロイはスピードを緩め、ウィンカーを出した。
「だからな。1ヶ所でたくさん積んで出て、それを帰りながら通り道の市場なんかに何ヵ所も寄って少しずつ下ろして行くんだよ」
「ああ、なるほど」
エドワードはようやく納得した。
「少しずつばらまいていくから、バラマキなんだな」
「そうそう。よくできました」
にこにことエドワードの頭を撫でるのは、他社の社長オリヴィエだ。女王とあだ名されるだけあって美貌と品格を兼ね備えている。通り過ぎる他の客たちが振り向いたり立ち止まったりして見惚れるが、オリヴィエの目にはエドワードしか入ってないようだった。
サービスエリアのレストランのカウンター席でたまたま出会った女王は、エドワードの隣に陣取ったまま食事がすんでも立とうとしなかった。
「社長さんとこもそういう仕事やるの?」
「うちはあんまりしないな。頼まれれば臨時でやることもあるが。それよりエドワード、オリヴィエと呼んでくれないか」
「社長、」
エドワードを挟んで座ったロイが不機嫌丸出しな顔でオリヴィエを睨んだ。
「仕事はいいんですか?てかさっさと消えてくれ」
「ははは、嫉妬は醜いぞ。てかおまえこそ邪魔だから消えろ」
オリヴィエはオムライスを食べるエドワードに笑いかけた。
「他に聞きたいことはないか?なんでも教えてやるぞ」
「ありがと。今はそれだけだよ。ロイは教えてくれねぇんだもん」
「エドワード!違うだろ、何度か言おうとしただろう!」
慌てたロイをエドワードはちらっと見てつんと横を向いた。
「だって、そのたび話が逸れるし」
「うむ。今からやろうとしている仕事を教えないとは、上司たる資格はないな」
オリヴィエはうんうんと頷いて、エドワードの手をそっと握った。
「どうだエドワード、うちに来ないか。住み込みで」
「え、住み込みなんて仕事あるの?」
「あるとも。うちに住んで私の身のまわりを」
「エドワード!」
ロイが恋人の肩に手をまわして引っ張った。ふいをつかれたエドワードはロイの胸にすっぽり収まる。
「魔女の囁きに耳を貸してはいけない!さ、もう行こう!」
「え、でもまだ半分しか食ってねぇ」
「あとからまたどこかに寄ればいいだろう!ここにいたら女郎蜘蛛に喰われてしまうからな」
「ちょっと待て。それは私のことか」
「言わなくてもわかるあたり、自覚がおありのようですね」
ロイとオリヴィエは立ち上がり、なにやら口喧嘩を始めた。それを無視して食事を再開しながら、エドワードはため息をついた。
いつになったら仕事が始まるんだろう。
車に乗り、ドアを閉めるとすかさずロイがロックをした。助手席の窓の外にはオリヴィエが立ってエドワードににこやかに手を振っている。
「じゃあエドワード、また」
「うん、また!」
エドワードが手を振り返そうとするのをロイが手を握って遮り、オリヴィエが自分のトラックに乗り込むのを待って恋人を睨んだ。
「あの女にそこまで愛想をまかなくていい」
「なんでだよ。いい人じゃん、優しいしなんでも知ってるし」
唇を尖らせるエドワードにため息をついたロイは、素早くカーテンで車内を覆い始めた。
この行動は、まさか。
身構えるより早く、運転席から手が伸びてきてひょいとベッドに押し込まれる。冗談じゃない。エドワードは必死に抵抗したが、些かついたと自負していた腕力はロイにはまったく歯が立たなかった。
「あんまり無防備だとね、こういうことになるんだよ」
言い返そうと開いた口はすぐに塞がれて、エドワードの全身から力が抜けていった。