蹴落としちゃってごめんね
「おはよう、エドワードくん」
「おはようございますフュリーさん!」
にこやかに挨拶をするエドワードにフュリーが微笑んで、じゃあ早速とトラックに向かった。
時間は夕方。普通なら挨拶はこんにちはかこんばんはだ。だが、この業界では時間の流れが他とは違う。個々の仕事の都合で出勤も退勤もまちまちだ。なので、出社したら挨拶はおはようございます。それが何時だろうが、相手が今から帰るところだろうが関係ない。夜中に出会ってもおはようございます。最初は戸惑ったエドワードだったが、今は慣れた。よく聞く音楽業界みたいで面白いと思う。
じゃ行こうか、と笑顔で歩くフュリーの頭が、横から伸びてきた手にがっしりと鷲掴みされた。
「おはよう、フュリー」
「…………社長……おはようございます………」
ロイはにこにこしているが、笑顔になにやら迫力がある。怯えたフュリーがなにかご用ですかと小さな声を出した。
「仕事に行く」
「行ってらっしゃい…」
「だからエドワードを寄越せ」
「……意味がわかりません」
エドワードは今日はフュリーについて行くことになっている。フュリーの仕事は他とは違うと聞いていて、それを教えてもらってきなさいと命じたのはホークアイだ。彼女に逆らう根性はフュリーだけではなく社内の誰にもない。
「うん、だから。おまえの仕事は今日は私がやる。だから私の仕事はおまえがやれ」
「…………」
ホークアイはすでに仕事を終えて帰ってしまっていた。
この社長の我儘を制止できるものはいない。
泣きながら鍵を交換し、フュリーはロイのトラックに乗り込んだ。
「お願いですからリザさんには社長から言っておいてくださいよ」
「ははは。覚えてたらな」
「…………ひどい」
フュリーの乗ったトラックを見送って、ロイは笑顔でエドワードを振り向いた。
「さ、行こうかエドワード」
「…………あんた絶対バカだろ」
あとでホークアイに叱られるのはわかりきっているくせに、どうにもこの恋人は自分のことになると見境とか分別とかが頭からすっぽ抜けて宇宙の彼方に飛んでいくらしい。
「………まぁ、誰に教わっても同じだからいいけど」
エドワードはため息をついて助手席によじ登った。
どの仕事にもコツや要領というものがある。積み方や下ろし方などはいつもその仕事をしている者のほうが上手いし早い。フュリーは毎日同じ仕事をしていて、手慣れているはずだった。
「どうせならフュリーさんに教わりたかったなぁ」
「なにを言う。きみを他の男と二人きりになどできん」
「そうじゃなくて」
言っても無駄か。
エドワードは黙ってシートベルトを締め、お菓子の入ったコンビニ袋に手を伸ばした。
「では出発だな。エドワード、どんな仕事か聞いてるか?」
ロイがライトをつけ、車をゆっくりと国道へ向ける。ポッキーをばりばりしながらエドワードは首を振った。
「まだ聞いてない。他と違うってのだけ」
「そうか」
恋人はちらりと視線を寄越し、また前を向いた。
「エドワード、ポッキーはどこかに停まってから食べないか?」
「なんで」
「ほら。両側から食べる、アレを」
全部聞いたら耳が腐る。エドワードはさっさとポッキーを片付けた。
「で。仕事って、どんなの?」
ポテトチップスを出してかじりながら聞くと、ロイは頷いた。
「うん。市場を回るんだ。が」
「が?」
「きみ、いったいどれくらいお菓子を持って来たんだ?」
キャビン後部のベッド部分にはコンビニやスーパーの大きな袋が三つ積み込まれていた。
「いーじゃん別に。それよか仕事の話、教えてよ」
「まぁ、いいんだが」
ロイは信号を見てブレーキを踏んだ。真冬の早い夕暮れに、街はイルミネーションできらきらと輝いている。ヘッドライトやテールランプの光が道路にうねりながら続いていた。
「もうすぐクリスマスだな」
「うん。でも仕事なんだろ?」
「まぁな。大晦日までは休みはなしだ」
青信号にアクセルを踏み込んで、ロイはエドワードを見た。
「今年はきみと一緒に過ごせそうだから嬉しいよ」
「うん、オレも嬉しいからちゃんと前を見てくれ」
素っ気ない恋人にがっくりと項垂れながら、ロイは流れに乗って国道を走り街を抜けた。
「仕事は『バラマキ』だ」
聞いたことのない言葉に、エドワードは怪訝な顔をした。
「なにそれ」
「今から行くのは、荷物の集積場だ。あちこちから集荷された荷物や、航空便で送られてきた荷物が集まっている。うちみたいな下請けがそこへ行って、それぞれ決まったコースにそれを運ぶんだが」
ウィンカーを出して右折レーンに入り、対向車が途切れるのを待ってからロイはハンドルを切った。トラックは国道から逸れて、大きな道を海へ向けて走って行く。
「他の仕事なら、積んだものをおろすのは1ヶ所か2ヶ所程度だ。だが、この仕事は15ヶ所くらいあるんだ」
「そんなにあちこち行くの?」
ポテトチップスは早くも半分くらいになっている。
「あとで口のまわりを拭いてあげなくちゃな」
「自分でやる」
「私の楽しみを取らないでくれ」
ひとの口をそんなに拭きたがる気持ちがよくわからない。脱線ばかりのロイに、エドワードはため息をついた。
「話が進まないんだけど」
「きみが拭かせてくれれば進むだろ」
「それじゃなくて仕事の話」
「ああ、そうか」
ボケたんじゃねぇの、こいつ。
エドワードは前方を見た。いつも行く市場が見えてきていた。
「あそこで一旦荷を積んで、それから行くぞ」
「そうなの?」
「バラマキは帰りだからな。行きもなにか積んで行かないと損だろう」
本番の仕事はどこかよその街で積んで帰りに下ろすことらしい。
で、その街に行くのに車が空のままでは勿体ないからこっちの荷を積んで持って行くのだそうだ。
行きと帰りで別々の仕事だというのはわかった。だが、バラマキがよくわからない。
市場の門に立つ守衛のおじさんと手を振り合って挨拶して、まだ疑問だらけのエドワードを乗せたトラックは鮮魚売り場へと乗り入れた。
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