お一人様5個まで






「…………昼休憩、に、しましょうか………」
疲れはてて座り込んだバイトくんが言った。売り場でエドワードを助けてくれたそのバイトくんは、3人の中のリーダー格らしい。手早く休憩の順番を決め、ロイとエドワードに虚ろな笑顔を向けた。
「1時間くらい、休んでください」
「ありがとう」
ロイは頷いて、キャビンに戻って座り込むなり大きく息をついた。

開店後30分の休憩があっただけで、それから補充しっぱなしだった。会話をする余裕もなく、ひたすら冷凍食品を出して運んで詰めて、その繰り返し。トラックの箱いっぱいにあった商品はすでに半分になっている。このあとは夕方までちょっと楽です、とバイトくんが言った。エドワードはその夕方の光景を想像したくなくて、曖昧に頷くだけにした。微笑む気力は残っていない。

「エドワード、このあたりに食事ができる店はないのか?」
ロイがぐったりしながら聞いてきて、エドワードは首を傾げた。住宅街の真ん中に経つこのスーパーのまわりは、店は美容院やケーキ屋などばかりだ。
「惣菜かパン買ってこようか?」
来たときの惣菜売り場の匂いを思い出して、エドワードは財布を出した。
「結構いろいろあるんだ。オレ行ってくる!」
「………いや、待て。私も行く」
ロイは椅子から体を起こして財布を手に取った。
「きみ一人で行かせたら、またナンパされるからな」
「されねぇよ!てかアレ、そういうんじゃねぇだろ!」
不満そうに唇を尖らせる鈍感な恋人にため息をついて、とにかく行こうとロイは車を降りた。さっさと食べて、少しでも休んでおかなくては。


昼を過ぎた時間は惣菜売り場も空いている。完売してしまったものもあったが、まだたくさんのお弁当や揚げ物が残っていた。何種類か選び、レジへ向かう二人に後ろから声がかかった。
「あら、ロイさん」
振り向くと、トリシャが夫と息子を従えて微笑んでいた。
「まぁ、いたのねエド。小さくて見えなかったわ」
さらりと禁句を言う母親にエドワードが文句を言おうと口を開くが、父親が押している買い物カートを見て声が止まった。
「……冷食ですか?」
代わりにロイが聞くと、トリシャはにっこり笑った。
「ええ、半額だから。ちょうどよかったわ、二人ともレジへ行くんでしょう?」
「はぁ、まぁ」
カートには冷凍食品が山になっている。トリシャはにこにこしながら全員を連れて、先ほどまでエドワードたちが働いていた冷食売り場へと移動した。
あの喧騒が嘘のように、今は客もまばらになっている。そこをトリシャは通り抜け、棚から冷凍食品をばさばさとカートに移した。
「母さん、一人5個までだよ」
遠慮がちにエドワードが注意する。が、父親がその肩をぽんと叩いて黙って首を振った。
「兄さんたちが来たから、5人でしょ」
アルフォンスが小さな声で説明する。
「一人5個で5人いるから…………」
「…………………」
25個買える。
まさか、そんなに買う気なのか。
トリシャはカートの冷食を数え、従者たちをレジへ導いた。レジのおねえさんに5人いますとにっこり笑ってみせ、無事会計を済ませる。ついでにエドワードたちの昼食も払ってくれたのはありがたかったが、エドワードの頭には一瞬盛大に顔をしかめたレジのおねえさんが焼きついてしまった。

じゃ頑張ってね、とトリシャは優雅に手を振った。あとを荷物をかかえた父親と弟がよろよろと続く。3人が店を出るのを見送って、ロイとエドワードは同時にため息をついた。
「おばさんたちが5個以上堂々と持ってく理由がわかった……」
「安いとなると、人間いくらでも浅ましくなれるんだな………」
とぼとぼと裏口へと歩く二人は、いきなり後ろから肩をがっしりと掴まれた。振り向くと、ホークアイがにこにこと微笑んでいた。その後ろにはフュリーとブレダがカートを押してこちらを見ている。
「お疲れさま、二人とも。これで5人ね」
「…………………」
あんたもか。
その言葉は喉の奥で飲み込んで、二人はまた冷食売り場に連れ戻された。レジに行くと、おねえさんの目は居たたまれないほどにとことん冷たかった。



夕方にはまた無法地帯と化した売り場で、エドワードはちょろちょろと走り回って必死に働いた。その頃にはトラックもほぼ空になり、予定の時間よりもかなり早く残った商品を台車にすべて移すことができた。
「お疲れさまでした」
バイトくんが微笑んだ。3人とも疲れた顔で、残った商品を眺める。あと少し、頑張るぞーという気合いの入らない掛け声とともに、3人はまた戦場へと台車を引いて戻って行った。
「オレたち、どうすんの?」
「車が空になれば終わりだ。会社に戻るぞ」
「………わーい……」
疲れた足を引きずってキャビンに這い登り、ゆっくりと駐車場を通って店から出た。夕焼けが目に眩しかった。
「………今までのどの仕事よりも疲れた……」
ぐったりと息をつくエドワードに、ロイが苦笑した。
「帰ってのんびりしようか。食事して帰るか?」
「んー………」

トラックといっても、いろんな仕事があるものだ。
エドワードは、本当にまだまだ知らないことばかりだとため息をついた。

真っ黒なトラックは国道に出て、ゆっくりと加速していく。

ああそうだ、こいつを殴らなきゃいけなかったんだった。
エドワードはちらりと運転席を見た。恋人は走り出すと同時に回復したらしく、いつもと変わらない様子でハンドルに手をかけて前を見つめている。

………まぁいいか。一緒なんて、滅多にないんだし。

エドワードは握った拳から力を抜いて、助手席に丸くなって目を閉じた。








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