お一人様5個まで
開店します、と放送が流れ、同時に有線から音楽が聞こえてきた。
「ある程度捌けてから行きます。もう30分くらいのんびりしましょう」
アルバイトの一人が声をかけてきて、エドワードは頷いた。他のバイトがこの仕事は初めてなのかと笑顔を向けてくる。それにも頷くと、残ったもう一人のバイトも傍に来て微笑んだ。
「おれたち慣れてるから大丈夫だよ。のんびりやっていいからね」
「あ、ありがとう」
見たところ全員大学生のようだった。タバコをくわえた者も吸わない者もいる。3人ともエドワードのまわりに集まってきていて、囲まれた状態になってエドワードは困り果てた。
どこに住んでるの?バイトなの?名前は?矢継ぎ早に飛んでくる質問にらしくなく俯いていると、横からぐいと腕を引かれた。
「エドワード、明日の予定だが」
「…………ああ、うん………」
大学生たちの質問にうんざりしていたエドワードは、ロイの顔を見てまたうんざりした。
さっきまで、上機嫌だったくせに。
ロイはさっさとトラックのキャビンに戻ると、エドワードを助手席に押し込んだ。
「休憩の間はここから出るな」
「なんでだよ」
「…………………なんでもだ」
子供かあんたは。
ロイはむすっとした顔で運転席に座り、そのままエドワードに手を伸ばした。肩を引き寄せられて慌てて左右を見回す。狭い搬入口の右側と目の前はブロック塀。左側は駐車場へ出る道で、その向こうには今日の特売のためにたくさんの車が集まり人々が急ぎ足で歩いている。
「ちょ、見えるよここ」
「なにをしてるかまではわからんさ」
あと少しで唇が触れるという距離に、エドワードは顔を背けようとした。だが恋人は許してくれない。いったん嫉妬したらなかなか機嫌の治らないこの恋人は、なにがなんでもエドワードにキスをしたいようだ。
「ダメだってば!」
「うるさいな」
顔を背けることで無防備に晒されることになった首筋に、ロイは噛みつくようなキスをした。強く吸われる感触にエドワードの肌が粟立つ。出してはいけない声が出てしまいそうになって、エドワードは急いで自分の口を手で覆った。
「マスタングさーん、時間ですー」
後ろのほうからバイト学生たちが呼ぶ声がする。ロイは唇を離し、つけた痕をぺろりと舐めた。
「行くぞ、エドワード」
「……………ばかやろー……」
真っ赤な顔で涙をためた目を向けてくる恋人の唇にも触れるだけのキスをして、ロイは満足そうに笑って運転席から降りていった。
話し声。後ろのドアを開ける音。それから中で歩き回り荷物を出しているらしく、わずかに車が揺れる。
早く行かなきゃと思いながら、エドワードはルームミラーを自分のほうに向けて途方に暮れた。
くっきりはっきりついた痕を、どうやって隠せばいいんだろう。
キャビンのベッドに、冷凍倉庫での積み込みのためのロイのジャンパーが置いてあった。仕方なくそれを着こんで襟を立てて、エドワードは助手席から降りた。
「あれ、エドワードくん。寒いの?」
すぐにバイトくんからかけられた声にエドワードは目を逸らす。
「う、うん。なんかちょっと……」
「風邪かな?大事にしなきゃダメだよ」
「うん。ありがと」
思いやりのこもった声にますます気まずくなりながらエドワードは恋人を睨んだ。たいして寒くもないのにこんな真冬の格好をするはめになった原因の男は、自分のジャンパーをエドワードが着ていることにひどくご満悦だ。にこにことエドワードを眺め、いまだ零下の温度をなんとか保っているトラックには入らなくていいよと白々しいことを言っている。
絶対あとで殴る。
エドワードは長すぎて手が出ない袖の中で拳を握りしめた。
台車を2台引っ張って売り場に行って、エドワードは呆然とした。
あれほど詰めておいた冷食の棚はほぼ空になっていた。通路は人々で埋め尽くされ、店員が売り場の端に立って掠れた声を張り上げている。
「お一人様5つです!5個まででーす!」
時折むせながら必死に叫ぶ店員をまるで無視した客がカゴいっぱいに冷食を入れて通りすぎていく。棚にわずかに残った商品をろくに見もせず掴み取る客たちが、台車を引いたこちらに目を留めた。
獲物を見つけたハンターのような。
エドワードは急いでロイの後ろに隠れた。ロイも多少怯んでいるようだ。だがバイトたちは慣れた様子で、通してくださいと言いながら台車を棚の傍へ引いていった。
新しい商品が来たことを悟った客たちがじっと見守る中で、急いで片っ端から箱を開けて中身を棚へ詰めていく。だが、詰めたかと思う端からそれは奪われていき、棚は相変わらず空のままだ。
「ちょっと!唐揚げはないの?」
「冷凍うどんは?」
次々と降ってくる声は殺気立っていて、エドワードはしどろもどろに答えようとした。が、すぐに横からバイトくんがエドワードの肩を掴む。
「順番に補充しておりますので、少々お待ちください」
客に対して無表情で答え、エドワードの肩を押して棚に向かわせ、
「構ってちゃダメだよ。早く補充して次持って来なきゃ」
「う、うん。ありがとう……」
怖い。
店員はまだ必死に叫んでいて、客はあとからあとから押し寄せてくる。
開けかけた箱から、棚に詰める前に商品が奪い取られる。勝手に箱を開ける客もいる。
無法地帯だ。
エドワードは早く逃げ出したくて、必死に箱を開け続けた。