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黒と赤の夢





「ちょっと、ロイ…」
腕の力が強くて、エドワードは息苦しさにもがいた。

なんでいきなり。
誰かと間違えてるのか?

そう思ったエドワードの頭に、金髪の美しい専務が浮かんだ。
そんな関係だとは聞いてないが、他には思いつかない。
同じ金髪だから、間違えたんだ。だって今こいつ寝ぼけてるし。

腕の囲いから頭だけようやく出して、エドワードはすぐ目の前にあるロイの顔を見た。
ロイは薄く目を開けて、なのに強くエドワードを見つめている。

思わず目を逸らした。
近すぎる。
そんな目、怖い。

「ロイ…間違えてるよ。オレは」

「エドワードだろ」

はっきりした声で遮られて、エドワードは驚いてまたロイを見た。

「間違えてないよ。きみはエドワードだ」

「な」

なんで、と聞こうとしたとき、電話が鳴り始めた。









ロイの腕の拘束がゆるんだ隙にエドワードは慌てて抜け出した。そのまま振り向かずに電話に駆け寄る。
振り向いてロイを見る勇気がなかった。

「はい、もしもし…」
社名を続けようとしたエドワードの耳に、焦ったような声が響いた。
「エドか?社長帰ってるか?」
「ブレダさん?」
「そうだ。急ぎなんだ。誰かそこにいるか?」
急いで振り向くと、ロイはもう立ち上がってこちらに来るところだった。

「私だ。どうした?」
こっちを見ずに話すロイの横顔を見つめて、さっきのは夢だったんだろうかとエドワードはぼんやり考えた。ロイはなにもなかったように普通に話をしている。
なんだったんだ、とエドワードがため息をついて椅子に座り込んだとき、ロイが受話器を置いた。そしてまた持ち上げてどこかの番号を押す。
「私だ、マスタングだ。うちの車が故障らしい。立ち往生しているようだから、レッカーをまわしてくれ」
はっとしてエドワードが顔を上げた。ロイは場所を簡単に説明して電話を切り、エドワードを見た。
「聞いた通りだ。行って来るから待ってなさい」
「え、オ、オレも行く!」
慌てて立ち上がるエドワードに、ロイは眉をひそめた。
「荷をこっちの車に移さなきゃならん。帰るのが遅くなるぞ」
「そんなん平気!オレも手伝うよ」
「しかし…」
ロイは困った顔で見つめたが、エドワードは引かない。
しばらくして諦めたらしく、ロイは肩を竦めた。
「しょうがないな。おとなしくしててくれよ」
「ガキ扱いすんなっての!」

トラックの鍵を掴んで出て行くロイの背中を追ってエドワードが外に出ると、薄闇に雨がぱらぱら降り始めていた。







国道を北へ走り、山を抜けて街を抜けた。すでに辺りは夜になっていて、雨が強くフロントガラスを叩いている。
最初にロイがいくつか電話をかけて話をしたきり、テレビもラジオもつけないままの車内は息詰まるような沈黙。なにか話そうと必死で話題を考えるエドワードがちらりと運転席を見るが、ロイは真剣な顔で運転していて話しかけることができない。

どうしよう、とエドワードが焦っていると、エンジン音と雨とワイパーの音に紛れたロイの小さな声が聞こえた。

「間違えたわけじゃない」

どきんと心臓が跳ねた。

「きみだからだ、エドワード」

それは、どういう意味にとればいいんだろう。

口を開いたけどどう言えばいいのかわからなくてまた閉じた。なにやってんだオレ。焦るエドワードの頭の中は言葉がぐるぐる回るばかりで、考えがまとまらない。



そのまままた沈黙。

ロイが少しだけ窓を開け、タバコをくわえて火をつけた。

闇に紛れた黒い巨体がヘッドライトと真っ赤なマーカーだけを光らせて、雨を裂いて走り続けた。








「あれだ」
ロイの呟きにエドワードが顔を上げると、道の脇に黒い大型トラックがハザードランプを点滅させて停車していた。

後ろへ停めたロイの車に、ブレダが駆け寄ってきた。激しくなるばかりの雨にすっかりずぶ濡れになっている。窓を全開にして身を乗り出したロイもあっという間にびしょ濡れになった。
「どうだ?」
「まったくダメです。あんまりセルまわしてっとバッテリーが死んじまう」
「燃料とオイルは?」
「燃料は半分くらい。オイルもあります。水も大丈夫。それ以上はこの雨じゃよくわかりませんや」
「そうか」
そのとき後ろから派手な排気の音がして、もう一台真っ黒な大型トラックが2台を追い越して前に停まった。
運転席からハボックが飛び降りてこちらへ走ってくる。どのトラックにも傘は乗せてないらしい、とエドワードは妙なところに感心した。
「社長!荷は?」
「まだだが、どうしたハボック」
「いや、会社に戻ろうと走ってたらリザさんから電話きて。場所聞いたら近かったから来てみたんス」
「そうか。とにかく荷を移そう。車の向きを変えるから見ててくれ」
ロイはそう言うと返事を待たずにエンジンをかけた。

見ててくれ、というのはただ見るだけじゃないんだとエドワードはきょろきょろした。大型トラックが向きを変えるには国道は狭すぎる。ブレダとハボックは上下線に陣取って、走ってくる車のライトに向かって発煙筒を振った。たちまちプチ渋滞が起こる中、ロイのトラックは3回の切り返しでようやく反対を向いた。
道の脇に寄せてブレダの車の後ろに並ぶと、交通整理をしていた二人が駆け寄ってきて2台の車の後ろの観音ドアを開く。ブレダが手をあげて合図するのをミラーで確認して、ロイはゆっくりとバックし始めた。
よし、とロイが呟いて、エンジンを切って外へ飛び出した。急いでエドワードも外へ出る。トラックは頭を反対に向けて並んでいて、2台の間は人がやっと通れる程度しかない。
そこへ入り込んで、バンパーに足をかけて荷台へ上がる。ブレダの車には段ボールの箱がほぼ満杯まで積まれていた。



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