お一人様5個まで





ロイがようやくにっこり笑ったのは、エンヴィーと別れて2時間後のことだった。
「さっきの子は、そういやきみの卒業式のときも見たな」
「………………うん」
エドワードはもう返事をするのも億劫だった。ベッドの上でぐったりと体を伸ばしたまま、指一本すら動かすのが面倒で。
「仲がいいようだな。まぁ、親しく付き合える友人がいるのはいいことだ」
「………………うん」
そう思うなら嫉妬するのはやめてくれと思うが、言えない。妬くなと言ったら余計に勘繰って妬くのがこの子供な大人の得意技なのだから。
ロイは時計を見て、ベッドを降りて脱ぎ散らかした服を拾った。
「食事に行こうか?ちょうどいい時間だし。なにか食べたいものはあるか?」
「…………もうちょい待って」
まだ起きれない。そう呟くと、ロイは嬉しそうにベッドに戻ってきてエドワードを抱きしめた。違う、だるくて起きれないんだ。まだこうしていたいとか、そんな意味で言ったんじゃない。エドワードは唇を塞がれる前にと慌てて口を開いた。
「な、明日の仕事ってどんなの?」
「…………ああ」
ロイはなぜか眉を寄せた。
「冷凍食品だよ」
「へぇ」
冷凍食品ならやったことがある。なにがそんなに嫌なんだろう。

本格的にバイトとして入社してから、ロイと一緒に乗ることは滅多になかった。毎日いろんな仕事にいろんな人と一緒に行く。たくさんのことを覚えなくてはならないし、仕事についていけるように体力も腕力も鍛えなくてはならない。数日どころか1ヵ月くらい顔を合わせないこともあったが、寂しいと思う暇はエドワードにはなかった。
だが、この男は寂しかったらしい。なんでもないことに嫉妬し、なんでもないことに拗ねる。我儘を言って構ってもらおうとするところはエドワードよりも余程子供だ。今日だって、明日の朝からの仕事に前日のまだ夕方も早いような時間にわざわざ迎えに来るなんて、どんだけ楽しみにしてんだと感心する。早すぎるだろ、と文句が口から出そうになるのをエドワードは飲み込んだ。

それだけ自分と一緒にいたいと思ってくれるのは嬉しい。
ちょっとウザいけど、その気持ちに水は差したくない。

「また倉庫に冷食持ってくの?」
製造工場から冷凍倉庫へ持って行く仕事はホークアイがよく行っていて、エドワードもついて行ったことが何度もある。千個単位の冷凍食品を初めて見たときは圧倒された。天井まで積み上げて、箱いっぱい詰め込んで。積むのも降ろすのも時間がかかって面倒な仕事ではあった。
「いや……明日は、倉庫からスーパーへ持って行くんだ」
「スーパー?」
それは普通は2トンや3トンの小さな車がやる仕事だった。街の中にあることが多いスーパーは客用の駐車場を確保するために搬入口が狭くなっていて、大型は入れないところが多い。
「リザの4トンで行く。まぁ、なんとか入れるだろう」
「4トン車に積まなきゃいけないくらい持って行くの?」
多すぎないかと考えこむエドワードに、ロイはテーブルの下に投げていた新聞の折り込みチラシを取って見せた。
それはエドワードの家の近所にあるスーパーの特売チラシだった。ロイが指差すところを見ると、冷凍食品半額セールと大きく書いてある。
「『貼り付け』という仕事なんだ。朝倉庫から冷凍食品を積んでこのスーパーに行って、夕方までここにいる。朝から晩までそこに貼り付くから『貼り付け』なんだよ」
「夕方まで?なにすんの、その間」
「冷凍食品を出して売り場へ持って行くんだ。陳列もやらなきゃならん」
面倒な仕事だよ、とロイは憂鬱そうにため息をついた。
「スーパーの冷凍庫は小さいからね。大量の冷食を入れておけないだろ?だから、トラックがそのまま冷凍庫の代わりになってスーパーの裏口に停まっとくんだ。夕方までいて、残った分を冷凍庫に入れに行って、それで終わり。本当ならそんな仕事断るんだが、義理があってな。断れなくて」
まったくろくな仕事を寄越さないんだからあの女は。そう呟くところを見ると、その仕事を持ってきたのはあの女王オリヴィエらしい。
だが、エドワードはきらきらした目でロイを見た。
「オレ、陳列すんの好き!」
「え。そうなのか?」
「コンビニでバイトしたことあってさ!面白かったんだ、きれいに並べるの。楽しみだなー」
嬉しそうに笑うエドワードに、ロイは曖昧に笑った。
「きれいに並べる暇は、ないかもしれないぞ」
その言葉の意味は、そのときはわからなかった。


「ごめんください」
ひどく冷静な声が、玄関からではなくベランダから響く。
「社長、うちのが帰ってきました。エドワードくんが一緒なら夕食でも食べに出ないかと言ってますが、どうします?」
会社で事務を伝達するときとまったく変わらない口調のホークアイに感心するエドワードを抱きこんだまま、ロイはどうすると恋人を見た。
「行くー」
恋人は早速ロイの胸を押し返して抜け出そうと頑張っている。ロイはベランダに向かってすぐ行くと返事をし、残念そうにエドワードを見た。
「二人きりがよかったのに」
「いいじゃん。皆と一緒のほうが楽しいよ」

ハボックと一緒に食事をするときは、ロイはたいてい飲み過ぎて、ふらふらになってそのまま寝てしまう。
きっと今日もそうなるはず。エドワードはにこにこしながらついて行った。
思った通り、焼肉屋に入ったロイとハボックは飲み比べでもするようにぐいぐいビールを流し込む。ホークアイの運転でマンションに帰る頃にはすっかり酔っぱらっていて、最後の力でエドワードを抱きしめてすぐに眠ってしまった。
寝れないかもしれないと覚悟していたエドワードはほっとして、ロイの胸に顔を寄せて目を閉じた。嗅ぎ慣れないアルコールの匂いに眉を寄せるが、まわされた腕は暖かい。

すぐにエドワードは意識をなくし、無事翌朝ホークアイに起こしてもらうまでぐっすりと眠り続けた。




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