お一人様5個まで
「なーエド、年末とか休みどうなってる?」
中型バイクのハンドルを握ったエンヴィーが、信号でバイクを停めて振り向いた。
「あー……わかんねぇけど、仕事じゃねぇ?」
ヘルメットを帽子みたいに被り、タンデムシートのうしろに座ったエドワードが空を眺めて答える。
「いいなー。オレ休みなんだけどさ、暇なんだよな」
エンヴィーは前を向き、変わりそうな気配の信号にアクセルをふかした。
「オレたち以外はみんな大学行ったじゃん。話も合わねぇし、会ってもつまんねぇんだよ」
言い終わる頃には信号が青に変わり、エンヴィーは勢いよくバイクをスタートさせた。アクセルを開けすぎてタイヤが鳴き、車体が左右にふらつく。
「あっぶね!なにすんだテメェ!」
文句を言いながらしがみついてくるエドワードにエンヴィーが笑い、わざとバイクを左右に振った。後ろの車がクラクションで抗議してくるのへ中指を立てて舌を出して見せ、それから体勢を立て直してそのままスピードをあげる。
「てめ、降りたらぶん殴る!」
エドワードはエンヴィーにしがみついたまま目の前のヘルメットをがんがん叩いた。悪かったよ、と誠意のこもらない声でエンヴィーが謝ってくる。
高校を卒業してから半年以上が過ぎていた。当時の友人たちは皆進学していて、就職したのはエドワードとエンヴィーだけだった。エドワードは運送屋へ。エンヴィーは彼の父親が経営する土建屋に。
分野は違うけれど、大きな車が好きでそれに乗るために頑張っているところは同じ。おかげでいまだに、学生時代と変わらない付き合いを続けていた。
「どうよエンヴィー。ダンプ、楽しい?」
国道を飛ぶように走るバイクの上で、エドワードはなんとなく聞いてみた。答えるエンヴィーの声は、風に消されないようにと怒鳴るような大声。
「ダンプも面白ぇけど、重機も面白ぇぜ!ユンボとかブルとかさ!」
おまえだってトラック楽しいんだろ?そう聞かれて、エドワードは頷いて笑った。
「いいよなー、ダンプは決まったとこ往復するだけであんま遠く行かねぇし。オレもでっかい車でどっか遠く行ってみてぇな」
羨ましそうに言う友人に、くすくす笑った。自分もこいつも似た者同士だ。巨大な乗り物が好きで仕方なくて今の仕事に就いている。
「オレさぁ、いつかオフロードダンプに乗りたいんだよな。ダムとかの現場にいるような奴!」
「あれか、3階建てのビルくらいの大きさの奴か?あれ運転席までエレベーターあるって本当?」
「あるわけねぇだろ!足鍛えねぇと登るだけで死んじまう」
笑いながら国道を離れて住宅街へ曲がる。エドワードの自宅はすぐそこだ。
そこまで来てエドワードは、家の前に車が停まっているのに気づいた。
黒い国産高級車。そんなの、乗ってうちに来るような知り合いは一人しかいない。
エンヴィーがバイクを停めてエンジンを切ると同時に、高級車のドアが開いて男が降りてきた。
「………あれ、おまえの彼氏じゃん」
「…………うん」
エンヴィーは素早くバイクを降り、ヘルメットを取った。
「お久しぶりです!こんにちは!」
上下関係に厳しい土建屋では、目上の相手に対する態度もしっかりと教育される。深く頭を下げるエンヴィーに、男は頷いてみせてからエドワードを見た。
エドワードが働いている運送会社の社長であり、エドワードと只今婚約中の男、ロイ・マスタング。その切れ長の黒い瞳を見て、エドワードは心の中でため息をついた。
…………超、不機嫌。
「やぁエドワード。いないと思ったら、デートだったのか?」
嫌味な挨拶に眉を寄せて、エドワードはバイクを降りた。
「遊びに出てただけだよ。あんたこそどうしたの?仕事は?」
「終わったから来たんだが、来ないほうがよかったか?」
誰もそんなこと言ってない。
エドワードの顔がますますうんざりしたものになるのを見て、エンヴィーが遠慮がちに小声を出した。
「エド、もしかして喧嘩中?」
「いや別に………」
友人に気まずい思いをさせたくない。エドワードは無理やり笑顔を作ってロイを見た。
「で、なに?ごはんでも奢ってくれんの?」
「ごはんというか」
ロイはちらりとエンヴィーを見た。
「迎えに来たんだが」
「…迎え?」
「そう。明日は私と一緒だからね。早朝からだし、今夜はうちに泊まって朝一緒に出ればと思って」
「明日の仕事で、……今、迎え?」
エドワードは携帯が表示する時刻を見た。16時27分。まだ夕方。
「今からうちに来ればゆっくりできるじゃないか。明日は夕方には終わるから、なにも持って行かなくていいし」
支度はいらないから早く乗れ、とロイは助手席を開けてこちらを見る。
エンヴィーは仲がいいなぁと笑顔でエドワードの肩を叩き、ロイに向かってまた頭を下げた。
「じゃ、自分はこれで失礼します!」
「ああ、悪いね」
ちっとも悪いと思ってない顔で答えるロイにいえいえと手を振り、ヘルメットを被り直して、エンヴィーはさっさとバイクで帰っていった。
「さ、エドワード。早く早く」
急かしてくるロイに呆れて、エドワードは仕方なく助手席に座った。すぐにドアが閉められ、閉じ込められたような気分になる。
この大人はなんにでも嫉妬する。絶対、今嫉妬してる。
こういうときはなんと言い訳しても無駄だとエドワードはもうすっかり理解していた。下手な言い訳は猜疑心を煽るだけだ。
この男の機嫌を直すことができるのはベッドの中だけで、しかもこういうときは決まってしつこい。はたして今夜は寝かせてもらえるのだろうか。
恋人を取り戻して上機嫌でハンドルを握るロイを見て、エドワードはまたため息をついた。