春、桜の中で





アルフォンスにと残ったケーキを箱に戻して持たせて、ロイたちは外に出た。フュリーがロイに手をあげて、
「ボクもう行きますね」
そう言う顔は笑顔。トラックに行き、乗り込んでエンジンをかけ、皆に手を振って駐車場を出るまでずっと笑顔。明日は頬が筋肉痛だろう。ロイは同情をこめて見送った。他の社員たちはそのときに応じて笑顔を作るのに、素直すぎるフュリーは誰も見てないときにまで笑顔を崩さなかった。
「すげぇな、あいつ」
感心したようなハボックの言葉にファルマンが頷いた。
「では、私ももう出なきゃ。ジャン、悪いけど夕食は」
「ああ、いいスよ。ファルマンと飯食いに行くから」
いつ決まったんですかと聞くファルマンを無視して、ハボックはホークアイと共に中型車のほうへと歩き去った。
「あ、ロイ。トラックに鍵かかってる?」
思い出したように服の袖を引っ張るエドワードにロイが首を振ってみせると、エドワードは弟を見てお菓子がたくさんあるんだと言って駆け出した。
「兄さん、ケーキあるからいいよ!」
アルフォンスが叫んだが、エドワードはさっさとトラックに行って背伸びをしてドアを開け、するすると助手席に登ってキャビンの中に消えた。
「おお、一応登れるんだな」
「猿みたいだね」
父親と弟の呟きは幸い聞こえる距離ではない。エドワードは両手にお菓子を抱え、飛び降りようと身構えた。
「待て、エドワード!危ないから!」
ロイが慌てて走って行って、エドワードの体をトラックから降ろしてやった。
それを眺めて母親が微笑んだ。
「仲がいいわね」
「それはもう」
答えたファルマンに、母親が笑った。
「マスタングさんは本気なように見えるけど、どうなのかしら」
「もちろん本気ですよ。あんな社長は初めて見ます」
ファルマンは初めて、貼りつけたものではない笑顔を見せた。
「私たちにも、とてもいい社長です。自慢の社員だと言われましたが、それを言うなら自慢の社長ですよ」
「まぁ。マスタングさんはずいぶん人望があるのね」
「なければ私たちはよその会社を辞めてまでついて来ませんし、たった2年で会社をここまでにはできません」
言い切るファルマンに、母親がにっこり笑った。
「うちの子は見る目があるのね。嬉しいわ」

エドワードが駆け戻ってアルフォンスにお菓子を渡した。どうしろってんだ、と困るアルフォンスに少しずつ食えとエドワードが笑う。
「これからオレ、あんまり家帰らねぇから。これはサービスな」
「なんで?」
「だって、仕事覚えなきゃ。毎日ついてくんだ。いいだろ?ロイ」
ロイは笑って頷いた。エドワードがいてくれるなら、多少きつくても頑張れる。

手を振って帰って行く家族を見送って、全員がため息をついた。あとを追うように出て行ったホークアイのトラックが見えなくなると、駐車場にまた静けさが訪れる。
ハボックがタバコを出して火をつけた。
「リザさん燃えてましたよ。久々にあんなすげぇ人に会ったって」
「ごめんな。うちの母さん、笑いながらきついこと言うから」
しゅんとするエドワードの頭をファルマンが撫でた。
「いいお母さんだよ。エドワードくんのことが心配なだけだよ」
「でも、なんだか失礼なこと言って……」
自分とホークアイのことだろう、とロイは笑った。
「私とリザは小さい頃からよく知っていてね。恋愛対象とか、考えたこともないよ。気にしなくていいよ」
「そうなの?」
「そうだよ。それに彼女は怖すぎる。付き合おうなんていう勇者はハボックくらいなもんだ」
「いやいやいや!社長知らねぇわけねぇでしょ!」
ハボックが首を振った。
「リザさんモテるんスよ!オレ、ふられるの覚悟で告ったんスから」
「彼女はたくさん猫を飼っててな、必要に応じて何匹でも被れるんだよ。さ、行こうかエドワード。遅れてしまう」
言いつけちゃいますからね、と笑うハボックとファルマンに手を振って、二人はトラックに乗り込んだ。エンジンをかけてタバコをくわえたロイに、エドワードが早速お菓子を開けながら言った。
「リザさんて、ハボックさんの前でも猫被ったりすんのかな」
「さぁな」
ロイは苦笑した。ホークアイは色んな表情をするから、どれが本当の彼女なのかロイにもわからない。
「きっと素顔のリザはハボックしか見たことないよ。見せられる相手だからこそ奴を選んだんだろう」

だからね。
ロイは手を伸ばし、エドワードを引き寄せた。

「きみも、可愛い顔をするのは私の前だけにしてほしいね」

「…………ロイのバカ」

真っ赤になったエドワードを乗せて、ロイは車を国道に出した。
「今日はブレダが牡蠣に行ったから、代わりに野菜を積むぞ」
「うん」

真っ黒な車体は闇に溶け、真っ赤なマーカーと白いヘッドライトが轟音をたててスピードをあげた。普通車たちが慌てて道を譲り、追い越し車線ががら空きになる。
ロイは隣に座って足をぷらぷらさせながらお菓子をかじる恋人を横目に見ながら、青果市場へ向けてハンドルを切った。





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