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春、桜の中で





「マスタングさん、マスタングさん」
軽く肩を揺すられて、ぼんやりと目を開けた。
見慣れない女性が見える。ここはどこだ?
それから、ロイははっと目を開いた。エドワードのベッドで眠りこんでしまったことを思い出し、慌てて体を起こす。腕にずっと抱いていたらしいエドワードの小さな体がこてんとシーツに落ちた。
「あ、すいません!すっかり眠ってしまって、」
しかもエドワードを抱きしめて寝ていた。しかもそれを見られてしまった。焦るロイにエドワードの母親が笑った。
「いいえ、寝てくださいと言ったのはこちらですもの。10時になっても降りて来られないので、様子を見に来たんです」
母親は息子を見て、呆れたようにため息をついた。
「起こしてあげなきゃいけないのに、この子ったら一緒に寝ちゃって」
「いえ。エドワードは昨日から私の仕事についてきてくれて、あまり眠ってないんです」
ロイはすやすやと眠るエドワードを見た。可愛い寝顔にキスしたいと思ったが、さすがに母親の目の前ではまずい。仕方なくベッドを降り、エドワードの目覚まし時計を見た。ドラえもんの時計は10時を15分過ぎた時刻を指していた。
「お邪魔しました。もう行かなくては、間に合わなくなってしまう」
「またいらしてくださいね、マスタングさん。私も主人も、あなたのことはとても気に入りましたわ」
「………光栄です」
やっぱり遠慮がないな。ロイは無邪気に微笑んでみせる母親に苦笑した。


ロイは何度も礼を言って、エドワードの家の玄関を出た。脇にとめた車を見て、駐禁が貼られてないことにほっとする。

星空を見てのびをして、よし、と気合いを入れ直して車に乗ってエンジンをかけた。













翌日。

朝方マンションに帰ったロイは、ひたすら眠っていた。夜にはまた仕事がある。作業服を着たままシャワーを浴びる気力もなく、ベッドに倒れこんでぐっすり眠るロイの手に握りしめられた携帯がいきなり賑やかに鳴り響いた。
「………誰だ」
薄く目を開け、霧がかかったような頭で携帯を開くとメール着信ありの文字。だったら後回し、と目を閉じかけたロイは、今鳴った着メロがエドワードから専用ということに気づいた。
エドワードなら見なくては。ロイは半分しか開かない目で受信ファイルを開けた。
『今日、何時に出るの?』
そういえば来ると言っていた。ロイは寝惚け顔でにやけながら予定の時間を打ち込んで送信した。すぐに返ってくる返事にまたにやにやする。かなり気持ち悪い顔になっているだろうと思ったが、誰も見ていないのだからと開き直って携帯を見た。
『わかった。迎えはいいよ。オヤジが送って行くとか言ってるから』
「うん、そうか。うんうん」
携帯に表示される文字すら可愛い。そう思って頷きながらまた眠ろうとして、ロイはもう一度画面を見た。
『オヤジが送って行くとか』
オヤジ。
お父さん。
…………………え。

ロイは目を限界まで見開いて飛び起きた。

時計を見れば午後もかなり遅い時間で、外は夕暮れになろうとしていた。ロイは寝癖だらけの頭でベランダに飛び出し、隣との境にあるプラスチックの壁に向かって焦った声を出した。
「リザ!まだいるか?」
「どうしました社長」
衣類を抱えたホークアイが壁の穴から顔を出した。どうやら洗濯物を取り込んでいたところらしい。ロイは壁に向かってしゃがみこんだ。。
「社長、頭がすごいことになってますよ」
ホークアイもこちらに向いて座り込む。壁を挟んで向かい合わせになって、ロイは昨日エドワードの家へ行ったことを話した。
「……というわけで、お父さんが会社に来られるんだよ」
「…………あらまぁ」
ホークアイは目を丸くして、それから考えこんだ。
「コーヒーはまだあったわね。ケーキかなんか買っとくべきかしら。事務所の中は……」
ぶつぶつ言うホークアイの前で、またロイの携帯が鳴った。
『アルと母さんも行くとか言ってる』
「…………リザ……」
「………大変だわ……」
二人がしゃがみこんだまま焦った顔を見合わせたとき、ホークアイの部屋の玄関ドアが開く音がした。
「ただいまー。ってリザさん、なにやってんスか?」
のんきな声をかけながら歩いて来るハボックに、壁の穴からロイが顔を出した。
「ちょうどいい、ハボック。おまえケーキを買ってこい」
「………は?」

洗濯物をそこらに投げ捨てたホークアイに引っ張られてハボックが出て行き、ロイは急いで身支度を整えた。
エドワードの家族が来る。父親は単に息子を送ってくるだけだろうが、あの母親は絶対違う。急いで会社に向かいながら、ロイは拳を握りしめた。

昨日、はっきりした承諾はもらっていない。そして今日の会社訪問だ。絶対、自分と自分の会社を見に来るのに違いない。完璧にお迎えしなくては。
強敵は多分父親ではなく、あの優しそうな母親のほうだ。立派な社長を演じ切り、安心してエドワードをお任せしてもらわなくてはならない。

駐車場に入って事務所の脇に車をとめ、急ぎ足で中に入った。そこではファルマンがパソコンに向かっていて、フュリーが日報を書いていた。
二人が顔をあげて挨拶をしようとするのを遮って、ロイは部屋の隅のロッカーを指差した。
「今から大掃除だ!」
「ええ!?なんで?」
「ボク、もうすぐ出発なんですけど!」
抗議を無視して二人にホウキと雑巾を押し付けて、ロイは洗車をするために外に飛び出していった。




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