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春、桜の中で





父親は左頬、ロイは顎を赤く腫らして、一同はまた同じ位置に座った。エドワードはソファの端に移動して、ロイとは反対側の壁を睨んでいる。この子に身長の話はしてはいけなかったんだった、とロイは今さら思い出した。

「まぁ、仕事のほうはなんとかなるでしょう。あなたがついていてくれることだし」
父親はそっぽを向いたままの長男をちらちらと気にしながら咳払いをして言った。
「よろしくお願いします、マスタングさん」
「はい、お任せください」
ロイは頷いた。とりあえず仕事の話はこれで終わりだ。あとは肝心の、
「あのー、それで。ボクが聞いた話はどうなったんですか?」
口を開きかけたロイに、アルフォンスが言った。
「アルったら、そんなに急かさなくても」
諫める母親に、ロイは笑顔を作った。
「いえ、今夜はそれを言うためにお邪魔したのですから」
それからロイは背筋を伸ばした。雰囲気が変わったことに気づいたエドワードが窺うように見てくるのへ微笑んでみせて、咳払いをする。

さぁ、正念場だ。気合いを入れろ、ロイ・マスタング。

「夏くらいから、私はエドワードくんと交際させていただいてます」
「夏……」
アルフォンスが頷いた。なにか思い当たるものがあるのだろう。エドワードはひどくわかりやすい性格だから、態度に丸出しだったのかもしれない。
ロイは父親の瞳を見つめた。
「結婚、したいと思ってます」
「………………」
父親に驚きの色は少なかった。噂を先にアルフォンスから聞いていたから、心構えができていたということか。ロイは膝に置いた手を握りしめた。
「幸せにする、と言いたいところですが。まだ会社も小さくて、安定したとは言い切れません。苦労をかけるかもしれない。でも、私は死ぬまでエドワードと一緒にいたい。どうか、お願いします」
そう言って深く頭を下げるロイに、父親は言葉を探すように黙っていた。アルフォンスは目を丸くして兄とロイを交互に見ている。
にっこり笑ったのは母親だった。
「マスタングさん、失礼ですけどお年はおいくつ?」
「は、………32、になります」
ロイは恐る恐る答えて母親を見た。年の差は一番気になるところだった。
「そういうお年なら、今まで誰かとお付き合いしたこともたくさんおありでしょう。なぜ、うちの子なのかしら。若い子が好きっていうだけなら、うちの子もいずれは年を取りましてよ」
可愛らしくあどけない笑顔だが、言葉には遠慮がない。隣の父親が慌てたように妻を見た。
「それに、エドはこう見えても男の子です。子供はできないわ。そういうところは考えていらっしゃるのかしら。今はよくても、将来考えが変わるかもしれないでしょう」
エドワードの視線が痛いほど自分に注がれているのを自覚しながら、ロイは強く頷いた。
「確かに今まで、付き合った女性はいます。でも、エドワードは別だ。私にとってこの子と出会えたことは奇跡です。どんな女性にもなかったものがこの子にはある。愛してるんです。エドワードがいればなにもいらない。子供は、欲しくなれば養子をもらいます」
「…………そう」
母親はにっこりして立ち上がった。
「アル、手伝ってちょうだい。お夕食を温めるわ」
父親が戸惑った顔でロイを見た。結論が出せないでいる表情に、ロイは微笑んだ。急かすつもりはない。ゆっくり理解してもらえれば、それで。
「では、私はこれで…」
ロイが立ち上がろうとするのを母親が手で制した。
「ダメよ。たくさん用意したんですもの、食べて行ってくださいな」
「や、でも…」
遠慮しようとするロイに、アルフォンスが笑った。
「母さん、昼から頑張って作ってたんです。ぜひご一緒に」
ロイは母親を見てアルフォンスを見て、上げかけた腰をまたソファに沈めた。
「……では、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
隣でエドワードが、詰めていたらしい息を吐いた。

夕食は和やかに終わり、エドワードが先に立ち上がった。
「ロイ、夜仕事なんだろ?何時に出るの?寝なくていいの?」
「ああ、うん。10時過ぎには出なくちゃならん」
ロイの返事を聞いてアルフォンスが時計を見た。もう8時を回ろうとしている。
「兄さん、ベッド貸してあげたら?」
「へ?」
「帰ってちゃ時間ないでしょ。部屋で寝かせてあげなよ、マスタングさん眠そうだよ」
「そうね。引き留めてしまって悪かったわ。エド、お部屋に連れてってあげなさい」
アルフォンスの言葉に母親が賛同し、エドワードは真っ赤な顔でロイの手を引いてリビングを出た。
階段を上がると左右にドア。エドワードは右側のドアを開いた。
「ど、どうぞ」
「お邪魔します」
本当ならさっさと辞すべきなのかもしれない。そう思っても、恋人の部屋に入れるという誘惑には勝てず、ロイはドアをくぐった。

ベッドと机、マンガが詰まった本棚。CDやMDが散らばり、ポスターがあちこちに貼ってある。乱雑であっさりした部屋は、いかにも高校生の男の子の部屋という感じがした。

「………なんか、不思議。あんたがここにいるのって」
エドワードはベッドにぼすんと座った。
「オレの部屋じゃないみたい」
ロイは隣に座り、エドワードの肩を抱いた。部屋からもベッドからもこの子の匂いがする。うっとりするような幸福感に、早くも目蓋が閉じかけていた。

「……愛してるよエドワード。10時になったら起こしてくれ」

ロイはそのまま倒れ込んだ。緊張感が一気になくなって、昏睡するように夢の中へ旅立つロイの最後の視界の中で、エドワードが苦笑するのが見えた。





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