遠い、知らない街へ






小さな売店でお土産を買って、お菓子も買って、トラックはまた走り出した。今度はどこにも寄らず、途中で高速を降りた車はひたすら来た道を戻り続ける。しばらくして、見覚えのある風景がまわりに広がってきた。
ロイはタバコをくわえて携帯を取り、素早く操作して耳に当てた。
「………私だ。あと1時間くらいで戻る」
会社や仕事の様子を聞いて指示を出すロイの邪魔はしたくなくて、エドワードはお菓子の袋に手を伸ばした。やめられない止まらない、で有名なお菓子は昔からエドワードのお気に入りだ。ぽりぽり食べていると、やがて車はエドワードたちが住む街へと入った。見慣れた風景に、なんだかほっとする。
「エドワード、いったん私の家に寄るか」
「ん?」
口いっぱいに頬張ったお菓子をもぐもぐしながら振り向いたエドワードに、ロイはくすくす笑った。
「ハムスターみたいだな」
「…………」
口の中がいっぱいで文句が言えない。かわりにエドワードは思い切り睨んでみせた。
「うちに寄って、風呂に入って着替えなさい。汚れたまま帰らせるわけにいかないからね」
「………………空き缶降ろしに行くんじゃねぇの?」
エドワードはようやくお菓子を飲み込んだ。
「それは明日原料に行く奴が持って行く。あんな狭いところに何度も道を塞ぎに行くわけにもいかんし、二度手間だろ?どうせまた行くのに」
空き缶は急がないらしい。エドワードは渋々頷いた。

トラックは慣れた道を走り、国道を逸れて会社の駐車場に入った。久しぶりな気がする。エドワードは見回したが、駐車場にトラックは1台もいなかった。事務所も扉や窓がきっちり閉められていて、人の気配はない。
ロイはトラックを適当にとめて自分の普通車の鍵を持った。
「忘れ物するなよ。お土産は持ったか?」
言いながらロイが振り向くと、エドワードは膨大な量のお菓子を抱えていた。袋に入りきらないものは手に握り、どうやって車から降りようかと悩んでいる。
「………お菓子は、すぐ食べないものは置いていていいぞ」
「そうなの?」
「ああ。今の時期ならチョコも溶けない。大丈夫だ」
エドワードは嬉しそうに袋を置き、半分くらいをベッドのマットの上に移した。
「じゃ、これ置いとくね!明日食うから!」
「明日?」
ロイが怪訝な顔をする。エドワードは笑ってみせた。
「だって、学校休みだし。明日も来るよ。いいだろ?」
「もちろんだよ」
ロイは笑顔になった。
「明日もついてきてくれるのか。毎日きみの顔が見れるなんて、嬉しいよエドワード」
「いや、その」
エドワードはロイの笑顔に、なんだか後ろめたい気持ちになった。今から家で家族とする話を思うと、そのあとどんな顔をして家にいればいいのかわからない。だから逃げる。理由はそれだけ。
だがロイはひたすら上機嫌だ。エドワードはそれ以上言わないことにして、お菓子を抱えてトラックから飛び降りた。

ロイのマンションでシャワーを浴びようとして襲われて、それからまたシャワーを浴びて自宅へ。エドワードが数日ぶりに玄関の扉を開けたときには、もう夕暮れが闇に変わりかけていた。

「………あ、あの、ロイ。仕事があるんじゃ……」
「ん?いや、夜中からだからまだ時間はあるよ」
「………ええと、じゃ少し寝なくちゃ。ほら、運転しっぱなしで寝てねぇじゃん」
「慣れてるから大丈夫」
「……………えーと」
悪あがきとわかっていても、しんとした家の中の空気が怖くて。エドワードは今入ってきた玄関を振り向いた。
街の中の小さな一戸建てのエドワードの家は、狭い玄関をあがると小さなホールがある。右側に階段。左側にリビングへのドア。いつもなら躊躇せずに開けるそのドアに向けて足を踏み出すこともできず、エドワードは階段を駆け上がって自分の部屋へ逃げ込みたいと強く思った。
誰も出て来ない今なら行けるんじゃないか。素早く上がってドアを閉め、ベッドかタンスを引っ張ってきて籠城すれば。
今なら。
エドワードはロイの手を掴み、階段へと足を踏み出した。

「おかえり、兄さん」

途端にエドワードの動きが止まる。
リビングのドアが開き、ひとつ下の弟が顔を出した。

「初めまして。きみがエドワードの弟さんかい?」
ロイが笑顔で話しかける。弟もにっこりして頭を下げた。
「初めまして。アルフォンスです」
皆笑顔。でも空気は固い。アルフォンスは硬直したままのエドワードがロイの手を掴んでいるのを見て、またにっこり笑った。
「父さんも母さんも待ってるよ、兄さん。部屋に逃げ込もうったって無駄だからね」
見透かされてる。
エドワードが呆然と立ち尽くす間にアルフォンスに促されてロイが靴を脱ぎ、リビングのドアがいっぱいに開かれた。
中では両親がソファに座り、こちらを見つめていた。






END,
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