黒と赤の夢






「はっはっはっは」
「いつまで笑ってんだよ!」
「いや、すまん。はははは」
「ムカつくなアンタ!」

結局降ろしてもらい、恥ずかしさに赤くなったエドワードの顔を見てからロイの笑いは止まらない。
プレハブのドアを開けてロイがまだ笑いながら入っていくと、中にいた数人が驚いた顔で振り返った。

「お疲れ様です、社長。なにか楽しいことでもありましたか」
机でパソコンを眺めていた金髪の美人が問いかけるのへ答えようとロイが口を開くが、出てくるのは笑い声のみだ。
「もー!笑うなって言ってんだろ!」
ドアのところに立ち止まったままエドワードが怒鳴る。何事?という顔の社員達に、ロイが涙を拭きながら言った。
「小さなお客様だ。リザ、お茶を頼む」
「・・・誰が小さいって?」
とうとう真剣に腹を立てたエドワードの手を掴んで引っ張って、ロイは部屋の隅のソファへ連れていった。
「まぁのんびりしててくれ。私はちょっとまだ仕事がある」
むすっとした顔でエドワードがふんぞり返って座ると、背の高い男がロイに戸惑ったような目を向けた。
「社長…ダメですよ、犯罪でしょ。この子まだ未成年だし」
「どういう意味だ、ハボック」
「いやだからマズイっしょ。新聞に載っちゃいますよ」
「バカかおまえ」
ロイは奥の机に座り、タバコをくわえてパソコンを引き寄せた。
「そんなんじゃない。帰る途中で拾ったんだ」
「拾ったってなんだ!」
すかさず噛みつくエドワードにまたくすくす笑うロイを不審そうな目で見ながら、金髪美人がコーヒーカップをテーブルに置いた。
「なんだかうちの社長が迷惑をかけたみたいね。ごめんなさいね」
「あ、いえ。別に」
とたんに素直になるエドワードの耳に、またロイが小さく笑うのが聞こえた。
「私はリザ・ホークアイ。ここで働いてるのよ」
「あ、オレはエドワード・エルリック。えと、高校3年生です」
「若いなぁ」
ハボックと呼ばれた男が近づいてきて、エドワードの前にお菓子の入った箱を差し出した。
「もらいもんだけど食えよ」
「あ、ありがとうございます」
エドワードが頭を下げると、ロイがパソコンから顔を上げた。
「エドワード、私とハボックに対する態度の違いはなんなんだ」
「うるさいです社長」
間髪入れずにリザが振り向く。
「会話に参加したかったら先に仕事を終わらせてください」
ロイがぶつぶつ言いながら仕事に戻るのを確かめて、リザはエドワードに向き直ってにっこり笑った。






それから、エドワードはそこの常連になった。学校が終わる頃に電話を入れると、近くを走っている誰かが乗せてくれる。小さなプレハブでお茶を飲みながら、仕事を終えた誰かや今から出発する誰かとおしゃべりをするのが日課になった。

「進学はしないの?3年生なら今みんな大変な時期でしょう」
「うち、あんま金ないから。学校出たら働こうかなって」
「そう」
気遣うようなリザの声に、エドワードは笑ってみせた。
「だから気楽だよ。卒業することだけ考えてればいいもんね」

正直、気楽とは遠い心境だった。得意なものもなく、特に興味があるものもない。どんな仕事ならやれるのか、自分のことながらまったくわからなかった。
卒業までは高校生だ。
でも、その先は。
真っ白な霧が行く手を阻んでいて、手探りもできない。
エドワードはそれから目を逸らし、考えないようにした。







夏休みに入ると、部活にも入っていないエドワードは朝からずっとそこに入り浸った。留守番や電話番ができるようになり、たまには誰かに連れられて近くの街を走り回ったりもした。


その日は朝からみな出払っていて、エドワードは電話のある机に座ってジャンプを読んでいた。
「エドワード、一人か?」
ドアを開けて入ってきたロイが驚いたように言った。小さな会社でも社長はなかなか忙しいらしく、ほとんど毎日来るのに滅多に顔を見ない。エドワードはお久しぶりデスとおどけてジャンプを横に置いた。
「留守番か。猫の手よりは頼りになるようだな」
エドワードの横を通りすぎるロイからわずかになにかの香りがして、トラックにあった芳香剤の匂いだと気づいた。表を見れば、いつかの大型が停まっている。
「社長も専務も走らなきゃなんねぇって、ここ人手不足なの?」
専務とはリザのことだ。事務だけなのかと思っていたが、そうでもないらしいことは来始めてすぐ知った。
大型よりは小さいが、それでもそれに近いくらいある中型車に乗るリザはエドワードから見ても格好よかった。
「まぁね、余ってはいないな」
ロイは手にしていた書類や伝票を机に放り投げて、ソファーに寝転んだ。
「新しく雇う金がなくてね。エドワード、コーヒーを頼む」
「ちぇ、偉そうに」
仕方なく立ち上がって、エドワードはすっかり馴染んだ小さな流し台に行ってコーヒーカップを二つ取った。インスタントのコーヒーを入れながら様子を見ると、ロイは起き上がる気配もない。どうやら寝るつもりらしい。
ロイは夜中から出てる、と聞いていた。時計は夕方に近い。何時間仕事してたんだろうとエドワードは眉をよせた。

来るまではまったく知らなかったが、トラックに乗る仕事も楽ではないらしい。他のみんなも、寝るどころか食事する暇もろくにないと言っていた。
わずかに寝息が聞こえるのに気づいて、エドワードはコーヒーカップが載ったトレイをテーブルに置いた。
ソファーの側で覗き込むと、ロイの目の下には薄く隈ができていた。

しばらく寝かせてあげなきゃな。
そう思ってエドワードが離れようと身動ぎしたとき、ロイの手がその腕を掴んだ。突然で驚いたエドワードがバランスを崩して倒れ込むのを受け止めて、ロイはそのままエドワードの体を抱き締めた。




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