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遠い、知らない街へ





「ご両親が、ね」
ロイは頷いた。エドワードは携帯を握りしめたまま、返事ができずに震えている。
「エドワード、とりあえず今夜話をすると返事しておきなさい」
「でも、なんて話していいか」
こんなに年の離れた男と付き合ってるなんて、両親と弟が揃った前で言えるだろうか。なぜ、とか聞かれたらどう答えればいいのか。その前に、婚約とかいう噂についてなんと釈明するべきか。
混乱するエドワードの携帯をロイが取り上げ、手早く返信を打った。今夜ちゃんと話をする。そう送信すると、弟からすぐに返事がきた。
『わかった、待ってる』
それを見て携帯を閉じるロイに、エドワードが非難の目を向けた。
「今夜って!なんて言えばいいんだよ、オレ!」
「きみはなにも言わなくていい」
ロイは落ち着いていた。金色の瞳を見開くエドワードに微笑んで、時計をちらりと見る。予定を考えているらしい。エドワードは閉じられた携帯を見て、またロイを見た。
「……じゃ、どうすんの」
まさか。
そのエドワードの考えを肯定するようにロイは頷いた。
「私が挨拶に行って、ちゃんと話をするよ。きみは黙っていればいい」
「………挨拶って」
「本当はきみが高校を卒業してからと思ってたんだがね。まぁ私の軽率な言葉からこうなったんだし、多少早くなっても仕方ない」
ロイはタバコをくわえ、財布を手に取った。
「ちょうど止まったことだし、うどんでも食べて行くか?こういうところのは結構旨いぞ」
「じゃなくて!なんて挨拶する気だよあんた」
真剣な目を向けるエドワードに、ロイは平然と笑ってみせた。
「決まってるだろう。きみと結婚を前提としたお付き合いをしている、て言うつもりだよ」
息子さんをください。ってのはドラマとかでありふれているから、いまいちかな?うむ、なんと言えばインパクトと説得力があるだろうか。
眉を寄せて考え始めたロイに、エドワードは呆然とした。

本気で。
自分のことを、そんなふうに思ってくれていたなんて。

「………本当に?」

声が震えているのがわかるけど、どうしようもない。

「当たり前じゃないか」

ロイは笑ってエドワードの手を掴んで引き寄せた。

「愛してるよ、エドワード。死ぬまで一緒にいてくれ」

「…………」

涙が溢れて止まらないエドワードが落ち着くまで、ロイは小さな体を抱きしめて背中を撫で続けた。

嬉しくて、幸せで。

今ならこのまま死んでもいい。エドワードは本気でそう思った。








ようやく泣き止んだエドワードの顔をティッシュで拭き、ロイはその背中をぽんと叩いた。
「さ、行こうか。なにかお土産を買って行くか?」
「……うん」
エドワードはロイから体を離し、パーキングエリアの小さな建物を見た。小規模な売店と小さなうどん屋だけしかなかったが、昼時だからか狭い駐車場にはトラックが何台も停まっていた。
ご当地土産の幟を見て、家族はなにが好きだったろうと考えながらドアを開けた。どうせなら喜ばれるものを選んで、ロイの印象を少しでもよくしたい。
飛び降りようとして下を見ると、見知らぬ女性が立ってこちらを見上げているのに気がついた。

「ほう。どんな女かと思ったら、これはなかなか」
満足そうに呟く金髪の女性に不審な目を向けていると、運転席から降りて回ってきたロイが驚いて立ち止まった。
「……社長」
「久しぶりだな、マスタング」
にやりと笑う女性にロイが不機嫌な顔を向けるのを、エドワードは戸惑って見下ろしていた。

食券を買って椅子に座った。ロイはエドワードを奥へ押し込み、隣に座る。股がぴったりくっつくくらいに体を寄せられて、エドワードは困った顔で恋人を見た。だがロイはテーブルの下でエドワードの手をしっかり握り、女性のほうを睨んでいる。
「私はオリヴィエ。運送会社を経営しているんだ」
オリヴィエはロイを完全無視して、にっこり笑ってエドワードを見た。毛先がカールした長い金髪と、モデルなみの長身とスタイル。加えて色気が無駄に溢れかえった秀麗な顔立ち。まわりに座っている客たちがちらちらと視線を送るが、まったく意に介すことなくエドワードだけを見つめる。
エドワードは頬が熱くなるのを自覚して俯いた。
「初めまして、えーと。エドワード・エルリックです」
オリヴィエが口にした会社の名前はエドワードも知っていた。かなり大きな運送会社だ。どこの街でもそこの車を見かけるし、テレビでコマーシャルも見たことがある。
「エドワードか。うん、可愛いなぁ」
オリヴィエは頷いて、ロイをちらりと見た。
「おまえが高速に合流してくるのが見えてな。追い越しざまに見たら、はいあーんして、なんてやってるのが見えて」
見られてたのか。エドワードの顔がますます赤くなった。
「追い越すのをやめてついてきたら、ここに入るのが見えたから追ってきた」
「どんだけ性格悪いんですか、あんたは」
不機嫌そのものの声でロイが言った。
「言っておきますが、この子は男の子です。ちょっかい出すなら他を当たってください」
「いや?これだけ可愛ければ男でも構わんよ」
オリヴィエはロイの声も視線も気にならないらしく、くすくす笑ってエドワードを見た。エドワードはなにがなんだかわからなくて二人を交互に見つめている。
そのとき、カウンターの向こうから番号を呼ぶ声がした。食券を渡したときにもらった番号札を見る。どうやら自分たちが注文したものができたようだった。
ロイは立ち上がり、オリヴィエを睨んでからカウンターに急いだ。
「マスタングはね、うちの会社で仕事をしていたんだ。リザも一緒に」
ロイの後ろ姿を眺めながらオリヴィエが言った。
「二人にはうちにいてほしかったんだがね。辞めて自分たちで会社を作ってしまって」
「そうなんですか」
ロイの昔のことは聞いたことがなかった。エドワードは頷いて、オリヴィエを見た。とても親しそうな様子に、不安になるのを止められない。
だが、次にオリヴィエが言った言葉はエドワードの理解の範疇を越えていた。
「ムカついたから、あいつが付き合う女を片っ端から横取りしてやったんだが。どうにもあいつが付き合う女はろくなのがいない。おまえは今までとは毛色が違うな。どうやら今度は本気なようだ」
オリヴィエは笑って、エドワードの頬を撫でた。
「私の好みにストライクだよ、エドワード。どうだ、私と付き合わないか?おまえみたいな可愛い子は大好きだ」
「…………へ」

なんだこの人。なに言ってんだ。なんで。なにがどうなって。

オレ、もしかして口説かれてんの?

目の前の美女は妖艶な流し目でエドワードの金髪を指で漉き、優しく額に口づけてきた。

初めての口紅の感触に、エドワードは身を引いた。全身真っ赤になっているのが見なくてもわかる。

弧を描く赤い唇が正視できなくて、エドワードは下を向いて固まってしまった。



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