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遠い、知らない街へ





キンブリーによる純白への賛美を聞きながら味のよくわからない朝食を終え、3人は駐車場に戻った。一刻も早く出発したいらしいロイの機嫌は最悪だったが、キンブリーはまったく気にしていないらしい。エドワードの肩に手を置き、毎日のトラックのお手入れについて演説を続けている。
どうしようかと戸惑いながらエドワードが見上げると、キンブリーの車は確かに美しかった。それに、近くで見ると細かいところまで手入れされているのがわかる。あまり新しい型でもないはずなのに、キャビンも箱も、下回りにいたるまでがぴかぴかに磨きあげられていた。控えめに飾られた銀メッキのパーツが眩しいくらい光を反射している。
「……きれいだなぁ」
他に言葉がなくてそう言ったエドワードに、キンブリーは何度も頷いた。
「あなたのような方がいて嬉しいですよ、エルリック。こんな男のところにいないで、私のところに来てはいかがですか?大事にしますよ」
「え……いや、それは」
「エドワード!車に乗りなさい、出発だ!」
怒鳴るようなロイの声に、キンブリーが冷たい目を向けた。
「マスタング!そんな声を出したらこの子が怯えてしまうでしょうに!」
「うるさい。おまえこそ、のんびり喋ってる暇があるのか?さっさと行かないと、おまえんとこの女王に報告するぞ」
ロイは大股に近寄ってきて、エドワードの肩をぐいと引いた。よろけた体をしっかり抱きこみ、キンブリーを睨む。
女王、と言われてキンブリーは少しだけ顔色を変えた。
「エルリックと有意義な話をする暇はあるが、きみと喋る暇はないな。では失礼するよ、マスタング」
急いで運転席に向かったキンブリーが、振り向いてエドワードを見た。
「ではまた会いましょう、エルリック。知り合えて光栄です」
ウインクと投げキッスつきの挨拶を受けて、エドワードは苦笑した。ここまで徹底した人はかえって清々しい。
「またね、キンブリーさん」
手を振るとキンブリーは驚いた顔をして、それから笑って手を振りかえした。



道の駅を出て国道に戻り、ロイの眉間からようやく皺が消えた。助手席で足をぷらぷらさせながら窓の外を眺めるエドワードを見てため息をつき、さっき買った缶コーヒーを開ける。芳香がキャビンの中に広がり、エドワードが振り向いた。
「エドワード。誰にでも気を許しちゃダメだよ」
ロイの声はまだ不機嫌そうで、エドワードは唇を尖らせた。
「だって、わけもなく無視とかできねぇじゃん」
「あいつはいいんだ。無視しろ」
「そんなことできねぇよ。それに、そんなに悪い人じゃないじゃん」
「悪い奴じゃないさ。存在自体がウザいんだ」
コーヒーをひとくち飲んで、ロイは眉をひそめた。
「潔癖症だし、いちいち嫌味ったらしい。なにより、きみに気安く触るのが気にいらない」
「そんなん気にしてもなぁ」
エドワードはため息をついた。自分が女の子ならロイが気にするのもわかるが、生まれたときから男なのだ。あれくらいのスキンシップで身の危険を感じるほど乙女な感覚は持ってない。
「オレをそんなふうに見る男なんて、あんたくらいなもんだよ」
だったらどんなにいいか、とロイは呟いて缶をホルダーに戻してタバコを手に取った。
トラックは揺れながら県境を越えて来た道を戻っていく。道標を見たり看板を読んだり、エドワードは子供のようにはしゃぎながらドライブを楽しんでいる。ロイの機嫌もそれにつられて上昇し、くだらない話をしながら笑い合っているうちに車は海岸線を抜けて市街地に入った。

「高速に乗るか」
ロイが呟いて、トラックはインターに向かった。
「この先の街はかなり混むんだ。面倒くさいし、高速でパスしよう」
エドワードは渋々頷いた。国道は街の中を走るから飽きずに知らない街を眺めていられるが、高速道路に入ってしまえば景色はどこも似たようなもので、トンネルも多くて眠くなってしまう。
「しょーがねぇなぁ」
エドワードはお菓子の袋を開けて煎餅をかじり始めた。どれだけ菓子を積んできたんだ。ロイが呆れて見ていると、エドワードが1枚差し出した。
「食う?」
「食べさせてくれるなら」
エドワードは真っ赤になって、それでも仕方なく身を乗り出して煎餅をロイの口元にもっていった。
「残念、口移しじゃないのか」
「……………バカ」
指先までピンクに染めたエドワードの手から煎餅をくわえ取り、ばりばり噛みながらロイは幸せそうだ。エドワードは助手席に丸くなった。
「あんた、恥ずかしすぎ」
「いいじゃないか。誰も見てないよ」
ロイは上機嫌のまま高速道路に入り、スピードをあげて本線に合流した。
平日の高速道路は大型トラックが多く、全体的にペースはゆっくり流れている。黒い巨体はそこに混じり、同じペースで走り始めた。

まだ真っ赤になったままぽりぽりと煎餅をかじるエドワードの膝で携帯が鳴った。
「電話か?」
ロイがCDの音量をさげようと手を伸ばしたが、エドワードは首を振った。
「メールだよ。アルからだ」
アルフォンスという弟がいることはロイに話してあった。そうか、とまたハンドルを持ち直すロイを横目に、なんだろうとエドワードは受信フォルダを開いた。
『どこにいるの?』
ひとことメール。兄弟で交わすメールはこういうものが多い。エドワードはかちかちと返事を打った。すぐに返事がくる。
『いつ帰るの?』
それへ考えてから、エドワードは今夜帰ると返信した。そういえば2日帰ってなかった。母さん怒ってるかな。
『父さんも母さんも待ってるよ』
二人揃って?エドワードは慌ててなにかあったのかと返信した。
返ってきた返事は。

『なにって。婚約おめでとう、兄さん』

……………………。

忘れてた。

エドワードの動きが止まったことに気づいたロイが、怪訝な顔をした。
「どうした?」
「……………………どうしよう………」

エンヴィーが流した話が、ついに弟まで行き着いたらしい。

どうしよう。どうしたら。
青い顔をして固まったエドワードに、ロイは驚いて最寄りのパーキングエリアに車を入れた。



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