遠い、知らない街へ






「さて、朝食にしようか」
早朝に相応しい爽やかな笑顔で言うロイとは対照的に、エドワードは疲れはてた顔でよろよろとトラックから降りた。足ががくがくする。よろけてトラックにすがりついたエドワードを見て、ロイが心配そうに手を差し出した。
「大丈夫か」
「あんたのせいだろ」
差し出された手をぱちんと叩いて弾き返したが、その手は懲りずに肩にまわってくる。エドワードは諦めて、にやけた恋人の顔を睨んだ。
「すまんな。あとはもう帰るだけだから、寝ていていいから」
「やだ。せっかく知らない町にいるのに、寝るのもったいねぇもん」
道の駅はサービスエリアとよく似ていた。土産物を売る店、大きくて広いトイレ、レストランや喫茶店。たくさんの人々が集まっているのは中庭で、そこでは地元の人たちが露店で野菜や魚を売っていた。
レストランはまだ閉まっていたが、喫茶店はもう開いていた。そこに入って朝食を頼み、エドワードは窓から外を見た。
山も海も田舎の町並みも、自分の住む場所のまわりにあるはずなのに。眺めていると、知らない町にいるんだという実感が沸く。見慣れない風景と見知らぬ人ばかりの場所は、高揚感とわずかな郷愁をエドワードの胸に連れてきた。
「こんなふうに遠くに行く仕事ってよくあるの?」
ウェイトレスが持ってきたモーニングセットの分厚い食パンにかじりつきながらエドワードが聞くと、ロイはコーヒーカップを手に少し考える顔をした。
「まぁ、だいたいは決まったコースばかりだからな。たまに臨時でこういう仕事も入ることが……」
「…………どしたの?」
不自然に言葉を切って外を見つめるロイに、エドワードが不審そうな目を向けた。視線を追って外の駐車場を見るが、特におかしなものはない。ロイの真っ黒な大型車の隣のスペースに、白い中型車がゆっくりとバックで入るのが見えた。
「………まさかな」
ロイは目を逸らし、テーブルの上を見た。来たばかりのモーニングプレートには食パンが2切れとサラダと目玉焼きとウインナーが載っている。別の器にヨーグルト、そしておかわり自由のコーヒー。値段のわりにはお得なセットだ。エドワードは食パンをひと切れ攻略し、フォークにウインナーを刺したところだった。
「……エドワード、なるべく早く食べよう」
「え?帰り急ぐの?」
「いや。ああ、うん。まぁ。とにかく食べて早く出よう」
要領を得ないロイに眉を寄せながらも、それなら急がねばとエドワードはウインナーをぱくりと口に入れた。
そのとき。
「おや。こんなところで、奇遇ですね」
知らない声が後ろからかかり、ロイが思い切り嫌な顔をした。

「初めまして、私はキンブリー。マスタングとは昔から挨拶する程度の顔見知りレベルの知り合いとも言えない些細な関係です」
真っ白のジャケットに真っ白の作業ズボンを身につけた長髪の男が、優雅に腰を折って挨拶をするのをエドワードは呆然と眺めた。白い手袋をはめた手が伸びてきて、エドワードの金髪に触れる。
「完璧な子ですね。金髪に金瞳。素晴らしい」
「おいキンブリー、それに触るな」
ロイが唸るように言った。
「それは私のだ」
「おやおや。醜いな、マスタング。そういう嫉妬は美しくないよ」
キンブリーは空いていたエドワードの隣の椅子に素早く座ると、ウェイトレスに手をあげてモーニングを頼んだ。
「こんなに可愛らしい子と食事を共にできるなんて、たまにはこういう場所にも立ち寄ってみるものですね」
「………はぁ」
体を寄せてくるキンブリーに、エドワードは困ってロイを見た。
「なに勝手に隣に座ってるんだ、キンブリー」
ロイはフォークを握りしめて、白ずくめの男を睨んでいる。だがキンブリーはそれをちらりと一瞥しただけで、またエドワードのほうを向いた。細い切れ長の黒い瞳が蛇のようだ、とエドワードは思った。薄い唇も面長で色白な顔も、隙なくひとつにまとめた長髪も。すべてが蛇を思わせて、なんとなく好きになれない感じがする。
「失礼、お名前を伺っても?」
「あ…エドワード・エルリックです…」
後ろに後退しながら答えるエドワードに、キンブリーは頷いた。
「名前まで可愛らしい。エルリック、不躾ですが今お付き合いしている方とかは?」
「え………」
ロイは視線だけで殺せそうな目でキンブリーを睨んだ。エドワードは戸惑ってキンブリーの瞳を見るが、なにを考えているのかそこからはなにも窺えない。
さっきからのロイの態度を見ればわかるはずだと思うのに。エドワードはわずかに頬を染めてちらりとロイを見た。
「あ、あの…ロイと、付き合ってます……」
ロイの雰囲気が一瞬だけ柔らかくなった。嬉しかったらしい。
「こいつと?ああ、なんてことだ。いけませんよエルリック。もっと自分を大事にしなくては!こんな歩く発情期みたいな獣と…」
大袈裟に嘆くキンブリーの声が喫茶店に響いて、他の客や店員がこちらを見た。
まずい。めちゃくちゃ恥ずかしい。なんなんだ、この人。しかも歩く発情期って。当たってるし。
そこへウェイトレスが躊躇いがちに近づいてきてキンブリーの前にモーニングセットを並べた。キンブリーの注意がそちらに向いたのを機会に、話題を変えようとエドワードは駐車場のほうを見た。
「あの、キンブリーさんはどこに行くんですか?あの白いトラックですよね」
「私に興味がおありですか、エルリック」
にっこりするキンブリーに、鬼のような形相になるロイ。同時に目に入ったそれに、エドワードは焦った。
「や、その……トラック、かっこいいなって思って…!」
言ってから失礼だったかと思って慌てたが、キンブリーはますます嬉しそうに笑った。
「わかりますか!やはりあなたは素晴らしい人だ!」
「………え?」
気にしてはいないらしい。エドワードはほっとした。それに、そんなふうに笑うと酷薄そうな印象がなくなってなんだか優しそうな顔になる。
これなら話しやすいかも。エドワードは食事を再開しながらもう一度外を見た。白とアルミの銀メッキで統一されたキンブリーのトラックは、長旅にも関わらず朝日にきらきらと輝いていた。
「きれいなトラックですね」
素直に言ったエドワードに、キンブリーはまた嬉しそうな顔をした。
「白を保つのはなかなか大変なんですよ。嬉しいですね、わかってくださるとは。あんな下品な真っ黒より純白のほうがよほど美しい」
これには返事ができなくてエドワードはロイを見た。ロイは眉間に皺を思い切り深く寄せてサラダを口に押し込んでいた。




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