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遠い、知らない街へ






空き缶を積み終えて、トラックを前へ移動させて後ろのドアを閉めた。まだシャッターが開いたままの搬入口から男が手を振っている。ロイはそれへ片手をあげて応えると、トラックをゆっくりと門のほうへ向けた。
走り出しても、エドワードはまだつんとしていた。ロイはちらちらと気にしながら、夜が明けたばかりの町を抜けていく。田舎の町は出勤タイムにも関わらず道路が空いていて、トラックは程なく国道に戻った。積み荷が空き缶だけになった分車体が軽くなり、スピードが難なくあがっていく。

「エドワード、朝食はどうする?どこか寄るか?」
「お好きにどうぞ、社長」
そっぽを向いて答える恋人に、ロイはため息をついた。
「機嫌をなおしてくれないか、エドワード。あの男は面白がって適当なことを言っただけで」
「いや、オレ充分じろじろ見られたし。なんかムカついた。みんな黙って見てるだけでさ、気分悪ぃ。もーやだ」
「ああ、あの子たちが黙っていたのは言葉がわからなかっただけだよ」
「言葉が?」
エドワードはようやくロイを見た。
「そう。みんな、シンからの出稼ぎなんだ」
出稼ぎなのか。エドワードは目元しか見えなかった作業員たちを思い出した。多分みんな年は自分くらいだ。もっと若い子もいたかもしれない。
「……大変なんだな」
エドワードが呟くと、ロイも頷いた。
「16から20くらいの子ばかりだよ。寮に住んで、国に仕送りをしている。何年かして、今の子たちが帰ったらまた代わりの子が来るんだ。自国の従業員を雇うより安いし、よく働くからだろうな。あちこちの工場や作業場でああいう子をよく見るよ」
言葉もわからない国で働く。エドワードには想像ができなかった。自分だったらできないかもしれない。
「そっか。すごいんだな、あの子たち」
「というわけで、機嫌をなおしてくれ」
「それとこれは別だ」
エドワードはまたつんと窓のほうを向いた。あの作業員の子たちが大変なのはわかったが、それでも気にいらないものは仕方がない。あの子たちがではなく、アイドル扱いされて笑っていたこの男がだ。
「なんだよ、嬉しそうにして。絶対行くたび愛想まいてんだ、あんた」
「いや、そんなことは。だいたい言葉が通じないし」
エドワードがあからさまに嫉妬してみせるのは初めてのことだったが、ロイにはそれを喜ぶ余裕がないらしい。運転しながら必死に言い訳をするが、そっぽを向いた恋人は一向に振り向いてはくれない。
ロイはハンドルを切った。黒い巨体は国道を逸れ、坂道を登っていく。どこへ行く気かとエドワードが前を見ると、高速道路のサービスエリアに似た建物が坂の上に建っていた。
「どこ行くんだよ」
エドワードの問いかけにも答えず、ロイは建物の駐車場に車を入れた。他にもトラックが何台も停まっている。普通車もたくさんいた。建物のほうを見ると、たくさんの人々が行き交っている。
「ここ、なに?」
「道の駅だ」
ようやく返事をしたロイに、エドワードがいそいそと長靴を脱いだ。そのままスニーカーに足を突っ込んで運転席を見たが、ロイは降りるのではなく、黙ってカーテンを引き始めた。
「なにやってんの?」
怪訝そうな顔のエドワードにはお構い無しに、ロイは窓をカーテンで覆った。運転席から助手席までのすべての窓を覆う遮光カーテンを引けば、キャビン内は夕方のように薄暗くなる。もちろん外から中は見えない。
そうしてからロイは手を伸ばし、エドワードを後ろのベッドに押し込んだ。
「なにすんだよ!降りるんじゃねぇの!?」
慌てるエドワードから携帯を取り上げてダッシュボードの上へ置き、ロイもベッドに入り込む。一人用の空間はあっという間に満杯になった。
「ロイ!どうしたんだって…」
言いかけてエドワードが黙った。自分を見る黒い瞳が、濡れて輝いているのがわかる。
その瞳の意味を、エドワードは知っていた。
「う、嘘だろ?人いっぱいいるんだぞ!」
「関係ない」
ロイは短く答えて、エドワードのツナギに手をかけた。ファスナーで開く服は、エドワードを簡単に無防備な姿に変えてしまう。
「ロイ、ちょっと…なんだよ、怒ってんのかよ!」
「いや、怒ってない」
たいした手間もかけずにエドワードを下着だけにして、ロイはその上に覆い被さった。エドワードがいくら暴れても、狭いスペースに逃げる場所はない。
「可愛いやきもちを、怒るわけないだろう?」
「でも!じゃ、なんでこんなこと…」
「いや、きみはどうやら私がきみの恋人だということを忘れてしまっているようだからね。思い出させてあげようかと」
「やっぱ怒ってんじゃねぇか!」
ロイは金色の頭を抱き込んで、唇に触れて笑った。
「そりゃあね。ただのアルバイトですなんて言われれば、恋人としてはショックだよ」
「だって、」
「だってじゃない。拗ねた顔もやきもちも、きみがするとどうしようもないくらい可愛いんだ」
ロイの手が下着の中に入ってくる感覚に、エドワードはぎゅっと目を瞑った。
「ほら、またそんな顔をする。せっかく我慢してたのに、台無しだよ」

責任、とってくれ。

その言葉のあとは、エドワードにはもうなにもわからなかった。


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