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遠い、知らない街へ






トラックがバックするピーピーという警告音でエドワードは目を覚ました。見回すと、どうやら工場の敷地の中にいるらしいことがわかった。たくさんの倉庫のような建物が並び、遠くにコンクリートの塀が見える。
「着いたの?」
声をかけると、バックモニターを見つめていたロイが車を止めてサイドブレーキを引いてから振り向いて微笑んだ。あたりはもう薄明るくなっていて、景色が紫色に染まっていた。
「起きたのか。寝てていいぞ」
「そんなわけいかねぇよ!」
エドワードは急いで脱いでいた長靴を履いた。ロイは笑って伝票を掴んでドアを開けた。
「無理するなよ」
そのまま降りてしまったロイを慌てて追う。トラックは工場の壁に並んだシャッターのついた搬入口に後ろのドアを開いた状態でくっついていた。大型車用のその搬入口のまわりに取り付けられたゴム製のショック吸収材と、トラックの箱の大きさはぴったりだった。
ロイは建物の隅についたドアに向かって歩いて行く。急いで追いついて並ぶと、ロイは壁に並んだシャッターを指差した。
「バースと呼んでるんだ。シャッターは中から操作しないと開かない」
「バース、」
初めて聞く言葉をエドワードが繰り返すと、ロイは笑った。
「シャッターとかがなくて、ただのコンクリートの長い台みたいな場所も多いよ。それはホームと言ってる」
「ホーム?」
「駅のプラットホームに似てるからさ。オープンバースともいうが、ホームと呼ぶほうが多いかな。覚えておきなさい。車をつける場所を指定するときによく使うから」
「うん」
ひとつ覚えるごとに、ロイに近づく気がする。エドワードは頷いて、ロイに続いてドアをくぐった。
中は清潔そうな白で統一されていて、大きな水槽らしきものや何に使うのかわからない機械たちがたくさんあった。早朝だからか、まだどれも動いていない。静かな室内に、白衣を着た作業員らしき人々が数人立っていた。
ロイが手をあげると、中の一人が近寄ってきてマスクを取り、笑顔でロイから伝票を受け取った。
「ご苦労様。なんだ、ずいぶん可愛らしい助手付きなんだな」
「うちに入社予定のアルバイトなんだ」
ロイが言うと、他の作業員たちが値踏みするような目で一斉にエドワードを見つめる。居心地が悪くて、エドワードは軽く会釈をして目を逸らした。
「数は……これだけか。まだ少ないな」
「今はそんなもんだよ。持ち帰りは?あるのか?」
年配の男はロイに工場の隅を指差してみせた。パレットにアルミ缶がピラミッドになっていた。
「あれがもう2枚ある。あとでよろしく」
「わかった」
意味がわからないエドワードを見て、ロイはパレットを指した。
「パレットは1枚2枚と数えるんだ。持って帰って、積み込みをした会社に届ける缶が積んであるんだよ」
「また牡蠣積むの?」
今持ってきたのに、と驚くエドワードに笑ったのは年配の男だった。
「坊主、ありゃ空だよ。空き缶を返して、また中身を詰めてもらうんだ」
でなきゃ缶が死ぬほど必要になっちまうからな、と豪快に笑う男が作業員たちに手をあげてみせると、一人が壁のスイッチを押した。シャッターが上がり、ロイのトラックの内部が見えてくる。同時に漂ってくる、むせかえるような牡蠣の匂いにエドワードは顔をしかめた。作業員たちは慣れているらしく、躊躇せずにアルミ缶をどんどん運び出していく。
エドワードはロイを見たが、ロイは男と笑いながら話をするばかりで荷をおろそうとはしない。
「な、やらなくていいの?」
エドワードがロイの袖をつまんで囁くと、ロイは笑って金色の頭に手を置いた。
「ここは人手があるから大丈夫なんだよ。気になれば手伝ってもいいが、かえって邪魔になるかもしれないな」
言われてもう一度作業員を見ると、アルミ缶を縛った紐の色でどうやら置場所を変えているようだった。
何色かあるのはわかっていたが、意味があるとは知らなかった。エドワードが眺めていると、男が作業員たちのほうへ行って缶の数を数え始めた。
ぼんやり見ているうちに作業は終わり、数を合わせたらしい男はリフトを持って来いと怒鳴っている。頷いて走った作業員がリフトで空き缶の載ったパレットを持って戻ってきた。
「マスタング!箱の中はどうする?流すか?」
男の言葉に頷いて、ロイが壁沿いに奥へと歩いた。肩を抱かれた状態でエドワードがついていくと、蛇口があって長いホースがついていた。
「水で流しておかないとね。匂いが落ちなくなるんだ」
「オレやる!」
エドワードがずるずるとホースを引っ張ってトラックに戻ると、白衣の作業員たちがまだそこにいてこちらを見つめているのに気がついた。
なんなんだ、と思ってよく見ると、そこにいる作業員たちはマスクと帽子で隠されていたがみんな若い女性だった。もしかして自分とあまり変わらない年かもしれない。エドワードが戸惑うと、年配の男がまた豪快に笑いながらエドワードの肩をぽんと叩いた。
「マスタングは面がいいからな、みなアイドルみたいに騒いでるんだよ。だから、マスタングが連れてきたあんたが気になるんだろ」
ロイを見ると苦笑している。エドワードは眉を寄せてふいと顔を逸らした。
「オレはただのアルバイトですから。気にしなくて大丈夫ですー」
「え、エドワード!」
焦ったロイの声にも振り向かず、エドワードはホースを引きずってトラックの中に入った。
「なんですか社長ー?ぼーっとしてないで水出してくださーい」
言うとホースから勢いよく水が出てくる。同時に勢いよくこちらに走ってくる足音もする。
「エドワード、別に私は…」
「邪魔でーす。どいてくださーい」
つんとして水をまくエドワードにどう言えばいいかとロイが狼狽えた顔で思案していると、男がにやにや笑いながらロイの肩に手をかけた。
「なんだ、マスタング。もしかしてあの子、恋人か?」
「あ、ああ。そうなんだ。だからあんまり余計なことは…」
「違いまーす。オレはただのアルバイトでーす」
ロイの言葉を遮ってエドワードが言う。近づこうにも水をばしゃばしゃ撒いていて近寄らせてくれない。困った顔のロイに男がまた笑った。



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