遠い、知らない街へ
「県境!ここから先、オレ行ったことねぇんだよ!」
エドワードがはしゃいだ声をあげている間に、トラックは地名が書かれた看板の横を通り抜けた。真夜中の国道は地響きをたてて走るトラックばかりになっている。たまに青い回転灯を眩しく煌めかせながら超大型トレーラーが通りすぎるのをエドワードは珍しそうに見つめた。先導車をつけて走るトレーラーは車線をはみ出していて、上に積んだ荷物はさらにそこからはみ出している。重そうに揺れながらゆっくり走る巨体は、昼間には目にできないものだった。
「あれだけでかいとね、走る時間が限定されるんだそうだよ」
「真夜中だけなの?」
「そうだよ。今度ああいうトレーラーの後ろについたら、走るラインを見てみたらいい。神技だよ、ほんとに」
左右ともにギリギリしかない道を荷台を引いて滑るようにすり抜けて行くトレーラーをミラーで見送って、エドワードはきょろきょろした。知らない道、知らない景色。山あいを抜けた国道は、知らない町に伸びて行く。
「………早く免許ほしいな……」
呟いたエドワードに、ロイが笑った。
「普通免許は取れたんだろ?」
「うん。でも、まだ車持ってないから乗ってないんだ。親父に言ったらひきつった顔して絶対貸さないって言われたし」
エドワードは思い出してムカついた。ろくに家にいないから乗らねぇくせに、鍵どっかに隠しやがって。あとで探してやる。
けど、そうじゃなくて。
「普通車じゃなくてさ。早くトラックの免許がほしい」
「まぁ焦るな」
ロイはタバコをくわえて片手でハンドルを持ったまま、空いた手をエドワードに伸ばした。広い車内で両端に座っているため、エドワードまではそれは届かない。なのでエドワードは応えるように手を差し出した。
その手を握り、撫でながらロイは優しく笑った。
「きみはまだまだ今からだよ。ほら、この国道みたいに。道はまっすぐ、ずっと先まで続いてる」
知らない町を抜けた国道は、海岸沿いを走っていた。月明かりに光る水面を横に見ながら、道はずっと遠くへと伸びている。
「焦らなくていいんだ。急いだら息が切れる。ゆっくり、ちょっとずつ前へ進めばいいんだ」
「うん」
クサいセリフだとは思うけど、ロイの言うことが正しいんだと思う。
運転も仕事も、少しずつ覚えていったら。そしたら。
「そしたらいつか、きみは自分が一人前になってることに気づくときがくるよ」
「ロイも、そうだったの?」
「私も、リザやハボックたちも。みんな同じだよ」
そうか。
なら、自分もいつか。
エドワードはロイの手をぎゅっと握り返した。
握り返した途端、トラックは突然ウインカーを出して左に寄った。田舎の国道に時々ある、広いパーキングスペースが堤防沿いに設けてあった。他にも大型車が数台停まって休憩している。
「な、なに?休憩?」
驚いてきょろきょろするエドワードのほうへ身を乗り出して、ロイは恋人の体を後ろのベッドに押し込んだ。
「手を握ってくれるのは嬉しいんだがね、エドワード。あんまり可愛い握り方をされたら、他のところも握ってほしくなるな」
「ほっほほほ他のところって………いや言うな!言わなくていい!」
エドワードは迫ってくる男の顔を押し退けてベッドから出ようとしたが、押さえつけられてしまった。
「ちょっと休憩。いいだろ、エドワード」
「よくねぇよ!やだよ、こんなとこで!」
暴れるエドワードの手が、なにかに当たった。エドワードはそれを握りしめた。
「じゃホテルとか?うーん、大型が入れるようなところがあったかな」
あるわけない。
「そんなんじゃなくて!時間だってあんまりねぇんだぞ!」
「うん。だから抵抗をやめて、素直に握ってくれなさい」
「やだよ変態!助けてリザさん!」
『ずいぶん余裕がありますのね社長』
いきなり冷静な声が響いた。ロイは飛び起きてまわりを見たが、地元から遠く離れたここに麗しい専務がいるはずがない。
ロイはエドワードが握っている携帯を見た。
『社長?指定された時間は朝6時です。今どのあたりですか?』
「……………なぜきみがリザの番号を知ってるんだ」
「今日ごはん食べたあとで教えっこしたんだ」
「……………………」
『社長、諦めて走ってください。あとで納品先の工場に確認の電話をさせていただきますよ』
「…………はい」
ロイはおとなしく運転席に戻った。
また走り出した車の中でいまだエドワードに恨みがましい視線をちらちらと送ってくるロイを無視して、エドワードはお菓子をぽりぽり食べながら外を眺めた。
もうすぐ夜明けがくる。
窓を開けると冷たい潮風が吹き込んできて、エドワードは目を閉じた。
いつか。
そのときが来ても、この人の隣にいられたら。
「エドワード。誘ってないならそういうのはやめなさい」
「そういうのって?」
「ポッキーをくわえてかじる、それ。なんかやらしい」
「………変態」
訂正。
そのときが来ても自分はこの人の隣にいるだろうと思うけど。
それまでに、少しでもこいつのこのバカが治っていたらいいと願う。