遠い、知らない街へ





積み込みを手伝うとエドワードが言うと、ロイは作業服専門店に車を入れた。店先に軍手が並び、奥にツナギや分厚いジャケットが吊るしてある。
まっすぐ奥へ向かったロイは、エドワードのサイズに合わせたツナギと長靴を手に取った。
「そっちにゴム手袋があるだろう。サイズはどれだ?」
「えーと」
エドワードはあれこれ迷い、店員に断りを入れて手を合わせるために装着してみたりした。
その結果。
「こちらですね」
店員が微妙な笑顔でロイに差し出した手袋には、子供用と書いてあった。

国道に戻ってもまだくすくす笑っているロイを睨んで、エドワードは新品の服をビニール袋から取り出した。
「しょうがねぇだろ!女性用でも指が余ったんだから!」
「いいじゃないか。言わなきゃ誰にもわからないよ」
「そんな問題じゃねぇの!…でも、わざわざこんなの買ってくれるなんて、なんで?オレ別に汚れたって構わねぇぞ?」
「いや……」
ロイはため息をついた。
「汚れるとかいうレベルじゃないから」
「………はぁ」

走っている間に着替えたエドワードは、ロイとともに車から降りた。そこは海岸沿いの狭い通りからさらに奥に入った場所で、真っ黒の大型車は完全に道を塞いでしまっていた。エンジンを切ってハザードをつけて、エドワードが後ろのドアを開けている間にロイがフォークリフトで荷物を持って来る。パレットと呼ばれる木を組んで作られた板の上には、アルミの缶がピラミッド形に積まれていた。
「なにこれ」
エドワードが缶を覗きこむと、プラスチックの半透明な蓋から透けて見える中にはなにやらよくわからないものが詰まっていた。
「一斗缶というんだ。よく業務用のサラダ油とか醤油とかが入れてある」
「へぇ」
ビニール紐で簡単に縛っただけの蓋からは揺れるたびに水が零れた。満杯以上まで入れてあるらしい。エドワードは一番上に乗った缶を取ろうと紐を引いた。
「う。重い…」
「缶ひとつにつき25キロの剥いた生牡蠣が入っている。それに海水が入れてあるから、何キロになるのかな」
正確な重さはよくわからないらしい。エドワードはよろよろと缶を下ろした。トラックの床にどすんと置くと水がざばっと溢れ出てくる。
「わ、零れちゃった!どうしよ!」
慌てるエドワードの横で、ロイは慣れた手つきで缶をおろしていく。荷台に積み上げていくたびに派手に水が溢れて、床はあっという間に水浸しになった。
「牡蠣が零れなきゃいい。水は減ったほうが、おろすときに楽でいいさ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんだ。あんまりがちがちに考えるな。私たちが請け負ったのは牡蠣だ。水じゃない」
パレット1枚をようやく積み終えてほっとするエドワードの前に、ロイが次のパレットを運んできた。またピラミッド。
「ロイ、これいくつ積むの?」
「ん?伝票には520と書いてあったな」
「………ごひゃく……」
「原料はまだ今からだからな。今は少ないほうだ」
ロイはどんどん積んでいく。以前野菜を積み替えるときを思い出して、エドワードは必死に頑張った。
あのときはほとんど役に立てなかった。今度は、あんな惨めな思いをするのは嫌だ。
2時間近くかかってようやく積み終え、ロイはエドワードを手招きしてリフトに乗った。
「こういうものにも乗れなきゃ仕事にならんからな。運転を見てろ」
リフトには椅子はひとつしかない。エドワードは登り口に足をかけて屋根に掴まった。揺れ放題のリフトにしがみつくのが精一杯で運転はろくに見れなかったが、かなり楽しかった。
トラックがまた動き出し、巨体が狭い路地を苦労してすり抜けた。道行く人はみな慣れているらしく、適当に避けたり立ち止まったりしてくれる。トラックはトラブルもなく広い道に戻り国道を目指した。
「牡蠣くせぇ」
エドワードは服の臭いを嗅いで顔をしかめた。膝から下はびしょ濡れで、新品の長靴も惨澹たる有り様だった。
「ハボックさんが言ってたの、これのことなんだな」
「なにか言われたのか?」
「うん。ついて行くなら着替えとか持ってけって」
帰りが翌日になるからかと思ったが、意味が違ったらしい。やっぱり自分はなんにも知らない、とエドワードはため息をついた。
そのとき、昨日買ったままの本がコンビニ袋に入ったまま置いてあるのに気がついた。手を伸ばそうとして、エドワードはそのまま袋を後ろのベッドに押しやった。どうせなら手を洗ってからにしたい。
「エドワード、ジャンプは読んだのか?」
ロイも思い出したらしく、ちらりとこちらを見た。
「まだ。そんな暇なかった…し………」
言いかけてロイの頬がにやけたのを見て、エドワードはふいと横を向いた。顔が赤くなるのを止める方法はないのだろうか。

考えたら、前もジャンプだった。コンビニで初めてロイと会ったとき、最後のジャンプを前に奪い合いの喧嘩をした。
恋人になるなんて、そのときはちらりとも思わなかった。

「なんか、いっつもあんたとはジャンプ取り合いしてる気がする」
くすくす笑うエドワードに、ロイは微妙な顔をした。
「きみが素直に譲らないからだろ」
「あんたがオトナゲねぇんだよ」

そんなところが好きなんだけど、とは口に出してあげないけど。

ネオンが瞬き始めた街を、真っ赤なマーカーをつけた真っ黒な大型トラックが海水を撒き散らしながら轟音とともに走り抜けていった。



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