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遠い、知らない街へ






「おはようございます」

いやに冷静な声がする。
エドワードは薄く目を開けた。昼間の日差しがさしこむ室内に、誰かが仁王立ちしてこちらを見下ろしている。
誰?母さん?それともアルか?オレ寝すぎたかな?
寝ぼけた頭でぼんやりするエドワードに、優しい声がかかった。
「エドワードくん、おはよう。よく眠れたかしら」
その声に一気に覚醒したエドワードは、目の前に立つホークアイを驚いた顔で見た。
「なにか着て、顔を洗ってらっしゃいよ」
ホークアイはにっこり笑った。
「ごはんは?食べるでしょ?」
「え、えーと!おはようございます!」
エドワードは飛び起きようとして、体の半分がまだロイの下敷きになっていることに気がついた。しかも二人とも、またしてもなにも身につけてない。
真っ赤になって焦るエドワードに、ホークアイは微笑んだ。
「壁のほう向いとくから。支度しなさい。もうすぐ積み込みの時間よ」
「は、はい」
そうだった。今日はロイについて行くんだ。知らない街の名前を思い出し、エドワードは期待でいっぱいになった。走ったことのない道を通って行ったことのない街に行く。それは初めてのことで、しかもロイと一緒にトラックで行くなんて嬉しくて飛び上がりそうだ。
けど、それをなんでこの人が知ってるんだろう。ハボックにしか言っていないことを思い出して、エドワードは首を傾げた。
急いで服を着たエドワードが声をかけると、ホークアイは振り向いてロイを見た。エドワードがばたばたしていたにも関わらず、まだぐっすり眠っている。
「……社長。さっさと起きないと、目覚まし時計で起こしますよ」
ホークアイの言葉にエドワードが怪訝な顔をしたが、次の瞬間理解した。ホークアイの手にあった四角い目覚まし時計が宙を飛び、その角が正確にロイの頭を直撃したのだ。
声にならない悲鳴をあげてロイは飛び起きた。
「…………な」
なにを、と文句を言おうとするロイを睨んで、ホークアイはふんぞり返った。
「お時間です社長。さっさと起きてください」
ロイは傍に落ちていた時計を見た。午後3時。なにやらぶつぶつ言いながら、ロイはベッドに座り直した。全裸で毛布から出るわけにいかないらしい。当たり前だが。
「エドワードくん、社長の支度がすんだらいらっしゃい。簡単だけど食事を用意しておくわ」
ホークアイはエドワードの頭を撫でて、にっこり笑ってからベランダへ出て行った。
ちょっと、ここ5階だよ!エドワードが慌てて追うと、ホークアイは隣との境界に立ててある壁に開いた穴から向こうへ消えていくところだった。
「………いまのなに」
エドワードが呆然として振り向くと、ロイは渋々みたいにタンスから服を出して着ていた。
「彼女は数ヶ月前くらいからお隣さんなんだ。引っ越して来てから時々ああして起こしに来てくれるんだが」
もう少し優しい起こし方はないものか、とロイは頭に手をやった。
「……えと…ごはんとかも、作ってくれるの?」
「ああ、時々…」
言いかけてから戸惑った顔のエドワードに気づいて、ロイは苦笑して靴下を手にとった。
「心配しなくても、彼女が一人のときはそんなことしないよ。今日はもう帰ってきてるんだろう」
「……誰が?」
「リザのダンナが、だよ」
「………ダンナ?え?」
驚くエドワードの手を引いて、ロイはベランダに出て壁の穴をくぐって隣に出た。洗濯物が干されたベランダから室内に入ると、見覚えのある男がソファの上で寝転んで新聞を眺めていた。
「よ、社長。おはよ」
「早かったな。荷が少なかったのか?」
ロイは遠慮なくソファに座り、テーブルにあったタバコに火をつけた。
「エド、そこらへんに座れよ。リザさん、二人とも来ましたよ」
起き上がって座り直すハボックに、エドワードはまだ驚いていた。
「今日のはほうれん草ばっかでさ。軽くて少なくて、すげぇラッキー。ブレダなんか大根だったんスよ」
「はは、そりゃ仕方ないな。こっちから荷の指定はできんからな」
「フュリーはウニが荷物に入っててさ。もう泣きそうな顔してた。崩したら買い取りだもんなアレ」
事務所にいるときと同じようにしゃべる二人についていけなくて、エドワードはキッチンへ行った。ホークアイが味噌汁を作っていた。
「なんか手伝うことある?」
「あら。ありがとう、助かるわ。男はみんな気がきかなくて」
振り向いて笑うホークアイに、エドワードも笑顔になった。会社にいるときの姿からは想像できない。エプロンをつけてぱたぱたとキッチンを走り回るホークアイは、お母さんみたいだった。
「いつ結婚したの?知らなかったなぁ、ハボックさんと付き合ってたなんて」
「結婚はまだなのよ。付き合い始めてからまだ半年くらいだもの」
そう言うホークアイは幸せそうだった。昨夜不安になったことが恥ずかしくなって、エドワードは苦笑した。
「さっきジャンが帰ってきてね、あなたが社長と一緒にいたって言うから。久しぶりよね。社長寂しがってたわよ」
茶碗を並べながら、ホークアイがからかうように言った。
「たまには連絡してあげなさい。捨てられたかもしれないなんて言って泣いてたのよ」
「え………だって、いつ電話したらいいかわかんねぇし」
赤くなって口ごもるエドワードの頭を葱の香りのする手で撫でて、ホークアイはタバコで煙幕を張ろうとしている男二人に声をかけてからまたエドワードを見た。
「いつでもいいのよ。私たちは別に机に座って監視されながら仕事してるわけじゃないもの。電話がかかってきたからって誰かに怒られたりしないわ。思いついたときに電話しなさい。出られれば出るし、無理なときは出ないから」
「うん、わかった」

食事をすませてまたベランダからロイの部屋に戻って、そのままマンションを出た。車に乗って会社に行き、トラックに乗り換える。エドワードはずっとにこにこしていた。
「ずいぶんご機嫌なんだな」
「うん。だってリザさんと会うの久しぶりだったし」
エドワードの答えに機嫌が悪くなったロイを無視して、エドワードは昨夜ハボックに買ってもらったお菓子を開けた。

なんだか、気分がとても軽くなっていた。




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