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遠い、知らない街へ






砂利を踏みしめる足音に、エドワードは必死で目を閉じて寝たふりを決め込んだ。近づいてくる音は他のトラックのあたりで止まり、ドアを開ける音がしてすぐにエンジンのかかる音。どうやら仕事に行くらしい。エドワードは後ろのロイをちらりと見た。すぐに誰かが出社するような時間にここでこんなことするなんて、どうなってんだコイツ。それだけ余裕がなかったってことなんだろうか。そういえばずいぶん早かったような。
なにが早いんだ、と自分にツッコミを入れて、エドワードは慌ててまた寝たふりに戻った。どうしよう、顔が赤い。
エンジンの音に紛れて、砂利を踏む音がすぐ近くまできていた。

こんこん。
軽く窓を叩かれて、わざとらしく目を開けた。外にハボックが立っていた。
急いで窓を開けようとして鍵が抜かれているのを思い出し、エドワードはドアを開けた。長身なハボックが自分を見上げているのを見るのはなんだか新鮮な気がする。
「誰かと思ったぜ。久しぶりだなぁ、エド」
「うん、ほんとに久しぶり」
よく遊びにきていたのは夏までだったから、ハボックと会うのは半年ぶりだった。エドワードが笑うと、ハボックも笑った。人懐こそうな、子供のような笑顔が懐かしい。
「今から出るんだけどさ。社長にひとこと言おうと思ったんだけど、社長どこ?」
「あ、ロイは今寝てるんだ」
きょろきょろするハボックを制するように笑ってみせて、エドワードは後ろを意識した。ロイ、服着てたっけ。
「そうか。たいてい音がすると起きるんだけど、よっぽど疲れてんだなぁ」
ハボックはタバコをくわえて火をつけた。それ以上詮索する気はないらしい。ほっとして椅子にもたれて、エドワードはエンジンのかかったハボックの車を見た。
「忙しかったみたいだよね。ちょっと聞いたけど」
「そーなんだよ!もうな、箱満杯の牡蠣だぞ?信じらんねぇよな!誰がそんなに食うんだっつの」
顔をしかめて、ハボックは煙を吐いた。
「箱もオレも牡蠣くさくなるしよ。ついでにキャビンも牡蠣臭だ。シーズン終わってくれて助かったぜ」
「まだお店には並んでたよ?」
「うん。でももう年末とかに比べりゃ半分以下だ。あとは牡蠣が専門の連中が自分たちでなんとかするだろ」
「専門、てあるんだ…」
エドワードは呟いた。自分は本当に、なんにも知らない。俯くとハボックが手を伸ばしてきて、エドワードの頭をがしがしと撫でた。
「牡蠣は運賃いいからな。特定の牡蠣屋について、それ専門でやってる会社もあるんだよ。ま、知らなくても困りゃしねぇさ」
「困るよ。だってオレ、ここに就職するんだもん」
「え。そうなのか?」
ハボックは一瞬驚いて、すぐに笑顔になった。
「そりゃ大歓迎だ。大丈夫、わかんねぇことはファルマンに聞け。あいつはなんでも知ってるから」
「うん」
「オレたちが懇切丁寧に指導してやるからよ。おまえもすぐに一人前だよ」
自信たっぷりに笑うハボックに、エドワードも笑った。ハボックはどんな場も簡単に和ませてしまう。
「オレは今から野菜積みに行くけど、おまえは?来るか?」
「あ、オレは」
エドワードは後ろを振り向いた。ロイの裸の尻が目に入って、慌ててハボックを見る。
「ロイが、明日つれて出てくれるって言うから」
「社長に?じゃ、着替えとか持ってたほうがいいぞ」
ハボックは心配そうな顔になった。
「なんで?」
「社長は明日は原料だ。昼に積みに出て、夕方から走るんだよ。帰るのは明後日の昼になるけど、大丈夫か?」
「大丈夫だけど…原料って、なんの?」
聞いたことのない言葉にエドワードが戸惑うと、ハボックはうーんと考える仕草になった。
「牡蠣なんだよ。オレもよくはわかんねぇけど、牡蠣醤油とかあるじゃん?あと炊き込みご飯の素とか。あれの原料になる牡蠣を運ぶんだよ」
ハボックが口にした地名は、エドワードが行ったことのない土地だった。ずいぶん遠くまで行くんだなと感心すると、ハボックは苦笑した。
「工場がそこにあんだよ。早朝降ろしに行くんだ。けどよ、そこまで大変だぜ。国道に牡蠣汁撒き散らして走るんだ。散水車なみに」
「マジで?」
エドワードが笑うと、マジだよとハボックもくすくす笑った。
「見てな、面白いから。後ろにくっついた車なんか一瞬で汁まみれだ」
牡蠣エキスと海水が混ざった汁はワイパーくらいじゃどうにもなんねぇからな、とハボックが笑うと、それが聞こえたらしいロイがベッドで寝返りをうった。エドワードが振り向くと、見なくていいものが視界を掠めてしまいまた前を向く。ハボックは背が高い。まさか見えてないよね。エドワードの背中を嫌な汗が伝った。
「せっかく寝てんの起こしちまうな。エド、食うもんあるのか?」
「いや、なんも。腹減った」
「じゃコンビニ行くか?連れてってやるぞ」
今から行くとこだったんだ、とハボックが笑い、エドワードは甘えることにしてそのままトラックから飛び降りた。

全裸で眠るロイを封印するようにしっかりとドアをしめ、スペアキーで鍵をかける。よし、閉じ込めた。もう大丈夫。
笑顔のエドワードが駆け寄ってくるのを見て、ハボックが笑った。
「気づいてねぇんだな」
「なにが?」
やばいものは封印したし、バレることはないはず。エドワードは不思議そうにハボックを見上げた。

「おまえが着てんの、社長のシャツだろ」

「…………え」

たまたま色が同じだから、気づかなかった。

そういえば、立ってみるとやたらに大きいような…。

呆然と立ち竦むエドワードの背中をぽんと叩いて、ハボックがまた笑った。




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