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黒と赤の夢





「あったー」

ようやく見つけた。
5軒目のコンビニで、エドワードはほっとため息をついた。
目の前の本の棚には探し求めていたジャンプ今週号。うっかり発売日に買い忘れ、それからあちこち探し歩いていたのだ。
だが、それへと伸ばされたエドワードの手は、横から伸びてきた大きな手にがっしりと掴まれてしまった。
横を見ると、黒髪に黒い瞳の男がエドワードを睨んでいる。
「なにすんだよ」
「きみこそなにするんだ。これは最後の1冊なんだぞ」
「だから買うんだよ。手ぇ離せ」
「私だって探してたんだ。私が買うんだからきみは諦めて他を探せ」
「あちこち探してやっと見つけたんだよ。てめぇこそ他を探せ」
「嫌だね」
「オレだって嫌だ」
ジャンプを前に睨み合う。「大人なんだろ。子供に譲るのが当たり前じゃんか」
「子供なら年長者を尊敬して譲るべきだと思うがね」
一歩も引かず睨み合っている二人に、おずおずと店員が近寄ってきた。
「あのぅ、表の車が邪魔だと苦情がきてるんですが…」
「表?」
エドワードが外を見ると、さほど広くもない路地を塞ぐようにして黒い大型トラックが停まっていた。
黒髪の男はうるさげに店員を睨むと、一瞬考えてから空いた手でジャンプを掴み、エドワードを捕まえたままレジへ歩き出した。
「おい、なにすんだよ!それはオレのジャンプだっつーの!」
「うるさい」
男は素早く支払いをすませると、そのまま外へ出てトラックのドアを開けた。
「早く乗れ!」
「え?でも」
「やかましい!さっさと出ないと、通報でもされたら鬱陶しいだろう!」
まわりを見回すと、コンビニの店員も客も道を歩く通行人も、みんながこっちを見ていた。なぜか自分まで非難されてるような気がして、エドワードは慌てて助手席によじ登った。
男は運転席に慣れた仕草で乗り込むと、鍵をまわしてエンジンをかけた。
周囲はマンションや店が並ぶ狭い住宅街だが、遠慮なくアクセルを数回空吹かしする。
普通車とはまったく違う獣の咆哮のようなその音はコンクリートのビルに反射して響き、地鳴りのような音を立てた。
じろじろ見ていた者がみな首を竦めて怯えた顔になるのを尻目に、真っ黒な巨体を揺らしながらトラックは滑るように走り出した。


「ひとさらいかよアンタ!」
国道に出て道が広くなって、ようやくエドワードは口を開いた。今まで道が狭くて、なにかにぶつかりそうで怖かったのだ。
「失礼な。もう会社に帰るだけだし、きみを送ってからゆっくりそれを読もうと思っただけだ」
言われて運転席と助手席の間にあるテーブルのようなものの上にさっきのジャンプが放り出してあるのがエドワードの目に入った。
「だから、今のうちに先に読みなさい」
「え、いいの?」
「いいもなにも、どちらも譲れないんだから一緒に読むしかなかろう」
ハンドルを操りながら男が憮然として言った。
「あのまま揉めてたら、警察が来て駐禁取られそうだったからな」
罰金高いから払いたくないんだ、と男は意外に子供っぽいことを呟く。
それでは、とエドワードは嬉しそうにジャンプを手に取った。
「ありがとー!もうオレ銀魂が気になって夜も眠れなくてさー」
「私もだ。あれを読まんと一週間が始まらん」
エドワードが笑顔になると、男もつられたように笑った。
「じゃ、とりあえず自己紹介でもしておこうか」
「うん。オレ、エドワード」
「私はロイだ。よろしくな」
運転中のロイと握手はできないので、エドワードは頭を下げてヨロシクと笑った。






「くっくっく…」
「気持ち悪い笑いはやめろ」
「あっはっは。だってさ、神楽がさぁ…」
「言うな!あとで読むんだから言うなよ!」
助手席でくすくす笑うエドワードをちょっと睨んで、ロイは黄色から赤に変わった信号を見てブレーキをかけた。プシュー、と排気が抜ける音がして、止まった車の安定を図ろうとエアサスが自動で車高を調整する。
ジャンプより面白い。
エドワードは手にした雑誌を忘れて運転席に見入った。
「な、今のなに?なんでプシューとか音がすんの?」
「なんでハンドルそんなにでっけぇの?回しにくくない?」
きらきらした目で次々に聞いてくるエドワードに、ロイは困ったように笑った。その間に信号は青になり、巨体がゆっくりと加速を始める。
音は大きいがなかなか速度が上がらない。エドワードはスピードメーターを覗いて不満そうに唇を尖らせた。
「さっき抜いた車に抜かれちゃったよ。スピード出ねぇの?」
「車体が重いから最初はどうしてもね。だが、スピードがのってきたら速いぞ」
「へぇ、そんなもんなのか」
エドワードはジャンプを脇に置き、窓から外を見るのに夢中になった。どんな車も小さく見える。広いはずの片側2車線ある国道が、とても狭く見えた。少しずつ速くなる大型トラックが真後ろに迫ると、たいていの車が車線を空けて道を譲る。それもまた初めての光景だ。

やがてトラックは山道に入る手前で国道から逸れ、空き地のような場所に入った。簡単な柵で囲われたそこには同じような黒い車体のトラックが数台停まっていて、隅っこにプレハブの小さな建物がある。その建物の横には普通車が何台か置いてあった。
「着いたよ」
「え?もう?」
残念そうに言うエドワードに笑って、ロイはタバコと携帯を掴んでドアを開けた。
「ジャンプを持って降りてくれ。忘れ物するなよ」
エドワードも急いで雑誌を掴んでドアを開けた。が、どうやって降りればいいのかわからない。地面ははるか下にあり、飛び降りるには今の体勢は不安定すぎた。
「どうした?」
「えー…えーと」

言いたくない。が、言うしかない。

「・・・・・どうやって降りるの?」



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