その日は穏やかな陽気に包まれ、屋敷の中はしんと静まり返っていた。
諏訪頼重は、広間の窓際に腰を下ろし、ぼんやりと外の風景を眺めている。
目の前には、落ち着いた佇まいで八代が茶を淹れていた。
頼重は、それをちらちらと見ながら少しずつ近づく隙を伺っていた。

「八代～、お茶の準備なんかあとで良いではないか、こっちに来て少し話をしないか」

　頼重がにこやかに呼びかけるが、八代は穏やかに微笑みながら、両手を動かしてお湯を注ぎ続けている。

「貴方がお茶が飲みたいと言い出したんでしょう？すぐにお茶を持っていきますので少しお待ちいただけますか？」

その冷静さに、頼重は内心むっとしつつも少し返しが冷たい恋人の声に内心ドキドキしていた
自分をもっと見て欲しいと…
そこで頼重は思い切って立ち上がり八代の背後に回りこむと、そっと肩に手を置いた

「お前は本当に律儀な奴だなあ……たまにはこうして、私に甘えてくれても良いのに」

八代は手を止めて驚いたように顔を上げる
背中越しにはその顔は見えなかったが一呼吸のあと静かな声が聞こえる

「私は頼重様のように無邪気に甘えることはできませんのでね…それに、こうして私が背を向けていても待ってくださるくらいの余裕を持っていただかないと…」

　頼重は微かにむくれた顔をしながらも、背中に体を密着させ肩に顎を乗せながら八代の手元を見つめる

「八代はいつもそっけないな……私はこうして傍にいるだけでももっと触れていたくなるというのに」

それを聞くと、八代は静かに茶を注ぐ動作を止めゆっくりと頼重の方に向き直った
そして、一瞬の間を置いた後頼重の頬に手を伸ばしそっと触れる

「頼重様はそれほどまでに私のことを……お求めなのですね」

その言葉に、頼重は一瞬目を見開いたがすぐに照れくさそうに目を逸らした
図星だっただけに顔に熱が集まっていくのを止められない
しかし八代が赤くなる顔を真っ直ぐ見つめているのを感じ頼重は再び八代の視線を受け止める。

「……ああ、そうだ。お前のそばにいると、どうしても甘えたくなる」

頼重は恥ずかしげに呟きながらも、八代の手をそっと握りしめた
その指先に少しずつ力を込めながら二人の距離は自然と縮まっていった
頼重は八代の耳元で、柔らかな囁きを漏らす

「どうだ、八代…今夜は少し私に付き合ってくれないか？」

八代はため息交じりに微笑みながら、頼重の手を優しく払いのける

「頼重様……やはり少し甘えが過ぎますね」

そう言いながらも、八代は頼重に寄り添うように立ち、ゆっくりとその肩に手をかけた
頼重は一瞬驚いたが、八代が意図を理解してくれていることを察し目を細めて微笑む。

「それでも……そうですね、今夜は少しだけ、お付き合いしましょう」

　頼重は嬉しそうに八代を引き寄せ、二人の間に穏やかな静寂が訪れた
抱かれた腕の中で八代は頼重の強引さに困りつつも、そんな頼重の強引さに絆されているそれが少し恥ずかしかった



その夜、二人はしばし語り合い共に過ごす穏やかなひとときを心ゆくまで楽しんだ
やがて夜が更けていく中で、頼重は八代の落ち着きと温かさに包まれ深い安らぎを感じるのだった