オペラ
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〈私のもの〉
「オペラさんの……あっオペラ先生ですよね。すみませんまだ慣れなくて……」
「構いませんよ。ここは職員室ですから。」
「いや……職員室から区別していないと、私が子どもたちの前で何かやらかしてしまいそうなので、先生って呼びますね。」
「……」
「えっと、オペラ先生の席はこちらです。」
「ありがとうございますヒロイン先生。」
始業時間前だが、職員室はすでに忙しい。
オペラの就任挨拶の後、すぐに教師たちは自らの受け持つクラスへばたばた散っていく。
「あ、ダリ先生!おはよう!」
「おはよう!……って、おはようございますだろ!」
教師たちが息つく暇もなく職員室には次々に生徒たちがやってくる。
ヒロインは生徒一人ひとりにふわりと「おはよう」を返していた。
オペラは新鮮な気持ちでそれを眺めているようだ。ぴこぴこと耳を忙しく動かし、そのやりとりを見ている。
「ヒロインさんも、やはり教師なんですね。」
ふむ、と顎に手をやり、尻尾をゆらり。
私のかわいい人。か弱い人間。被食者である人間。
この悪魔学校で教鞭を取る獰猛な悪魔たちと変わらず、この人は教壇に立っている。
「失礼します。アブノーマルクラスのアスモデウスです。日誌を取りに参りました。カルエゴ卿は……」
ノックをし、職員室の入り口に立ったのはアスモデウスだ。
「あ、アリスくん。おはよう。カルエゴ先生ね、今、校内巡視中だと思う。今日、職員室入れないから、そこでちょっと待ってて。」
入り口付近に席のあるヒロインは来訪者の対応をするのが自然になっていた。
「はい。ありがとうございます。」
「オペラ先生はこちらでお待ちください。まだアブノーマルの生徒に顔を見せないでくださいね。子どもたちにとっては、新しい先生がくるのはサプライズなんですから。」
彼らにとってはとんだサプライズであるが、こっそり小声のヒロインの囁きを素直に聞き入れ、赤い悪魔はコクコクと頷いてみせた。幸い腰掛けているオペラの姿は、机上に積み上がった本や書類の山の影となりアスモデウスには見えていないようだ。
日誌を持ったヒロインが職員室の入り口に立っているアスモデウスもとへと歩いて行き、何か話した後にっこり微笑んだ。
オペラはその一部始終をじっと見ていた。
朝の職員室はとにかく忙しい。
バタバタしていて何が何だかわからない。喧騒の中、オペラはひんやりと静まり返った精神の中へ吸い込まれる。彼の黒い尾が背もたれ後方へだらりと倒れた。
「あ、ヒロインちゃんだ!朝イチから会えてラッキー!結婚してください!」
「ヒロイン先生!!」
「おはようございます!ヒロイン先生今日もかわいい!」
「ヒロイン先生!結婚しよ!」
オペラはパタリ、パタリ、と、漆黒の尾を椅子の背に叩きつけた。
「……」
職員室の前を通り過ぎる生徒たちが次々とヒロインへ声をかけ、彼女はその一人ひとりへ微笑み返す。
「はい、おはよう〜!ありがとう。何言ってるの、結婚はしません。ふふ。」
「あやつら、ヒロイン様に無礼なことを……!燃やして来ましょう。」
にこにこと生徒たちを見送るヒロインに、手に炎を宿しながらアスモデウスは物騒な提案をした。
「え!アリスくん?!だめだめ!大丈夫だから!それより、朝のホームルーム始まるよ。急ぎなさい。」
「……〜ッ!!ヒロイン先生はお優しすぎます!」
寛大なご対応に感銘を受けております、と、仰々しく頭を下げたアスモデウスにヒロインは苦笑いし、手を振った。
そうだ、寛大すぎる。なにが大丈夫なのか、とオペラは内心ツッコミを入れていた。何も大丈夫ではない。
は?
結婚?
この方は求婚されているのが分かっていないのか?
いつも自分だけに向けられる笑顔が多数に向けられているもの寂しさに、オペラの尾はぎこちなく動きを止めるのだった。
ヒロインは印刷機から出力されたプリントを一枚取りながらオペラの方を向く。その時、オペラはうら寂しげに赤い耳を床と平行にし、彼女の姿を見つめていた。
朝のチャイムが鳴り、バタバタという羽音が最後に聞こえた後、廊下はしんと静まり返った。ホームルームが始まったようだ。朝イチの授業で使うのだろうか、大量印刷をかけた誰かのプリントが忙しなくガシャンガシャンと印刷されている。
「オペラ先生?」
プリントから目を上げたヒロインは、いつも以上に物静かなオペラに首を傾げた。
「ヒロイン先生は、生徒に愛されているのですね。」
「ん?え?照れます!どうしたんですか?」
唐突に褒められたと思ったヒロインが、そんなことない、と、顔を赤くしながら手の平を顔の前でブンブン振っている。
「……はぁ……」
「オペラ先生?」
オペラにとって、今はその"先生"もなんだか癪に触る。
「ヒロイン"さん"、今日は定時でお願いしますね。」
するり、と、オペラがヒロインの髪に指を通し、彼女の人間特有の丸い耳元で囁いた。
「私の代わりに先に帰っていてください。理事長もおりませんので。」
「ひゃっ!」
どきり。
オペラは耳を押さえて肩をびくつかせたヒロインのその反応に少し気を良くしたかのように見えた。
新品の真っ赤な制服をバサリと翻し、
「シーダ先生。」
「は、はい。」
「そろそろ行きますよ。」
颯爽と職員室を後にした悪魔を、真っ赤になったヒロインが見送っていた。
これが、シックス・ウォール、地獄のレッスンの始まりである。
サリバン邸
たんっ
オペラが禍々しいオーラを放つ館の大きな門を軽々飛び越え帰宅した。
ぎぃ、と、音を立てて開いた重い扉からあたたかい光が漏れ、
「おかえりなさい。」
少し照れた様子のヒロインが顔を出した。
「ただいま戻りました。留守番をありがとうございます。」
「いえいえ、」
「いつもと逆も、これはこれでなんだか堪らないですね。」
オペラがキラキラと目を輝かせ、ヒロインの両肩を撫でる。
「すぐに夕食の準備をいたします。少々お待ちくださいませ、ヒロインさん。」
「ふふ。」
「?どうかしましたか。」
「オペラ先生、お疲れ様でした。」
ヒロインは飼い主の帰宅に喜ぶ猫のように、オペラにぎゅっと抱きついた。
「……っ、申し訳ありませんヒロインさん。今日は急ぎますので、また後ほど。」
コホンと咳払いを一つし、
オペラは肩からヒロインをそっと引き剥がした。
「……ん?」
あっさりと抱擁が解かれてしまい、ヒロインは拍子抜けした。オペラはというと、教師用の制服を脱ぎ、赤いベストへと着替え始めている。
「ヒロインさん、失礼します。1時間ほどで夕食の準備が整いますので。」
そしてオペラは動きながらヒロインへ夕食の時刻を告げた。
「は、はい。ありがとうございます。」
「それでは。失礼します。」
歩きながら白いシャツの腕をまくりSDモードへ切り替えて行くオペラを見つめるヒロインは自然と口から呟きが漏れた。
「ひゃー……かっこよすぎ…………
?あれ、オペラさん、どうしました?」
歩きながら料理の段取りを考えるオペラは、はっと何か思い出したようで、玄関ホールへ戻ってきた。
スタスタと戻ってきたオペラは、
「今晩、私の寝室で待っていてください。くれぐれも、寝ないようにお願いします。こちらを。」
と、ヒロインに自室の鍵を手渡した。
「…………!」
夕食の時間
「今日は大変だったんですよ!ヒロインさん!」
入間が訴える。
「オペラさん、どんな授業だったの?気になる!」
「僕たちが苦しんでる時シーダ先生とお茶会してたんだよ!」
「ん?シーダ先生と?そうなんだ?」
「時間がかかりましたが、アブノーマルの皆様が無事お茶会に参加できて安心しました。」
「本当によかったよねえ。オペラさんは本当にすごい先生だなぁ。厳しいけどね!僕たち、全員クリアできてね、それで……」
「……わあすごいね!よかったねえ入間くん。」
学校でのオペラの授業はどうやらスパルタだったようだ。学校での様子を報告する入間を見るヒロインは嬉しそうで、オペラの授業スタイルに彼らしい、と、時々笑い声を上げた。
「オペラさんもシーダ先生も、息ぴったりだった!」
「そうだったんだねえ。」
1日の報告と美味しい夕食に満足そうな入間がお腹をさすり立ち上がった。
「ごちそうさまでした!オペラさん、僕お風呂行ってくるね!」
「いってらっしゃいませ。」
ふんふんと鼻歌を歌いながら入間が風呂へ行き、ヒロインとオペラは取り残された。
「あ、じゃあ私もまた後で。オペラさん、ごちそうさまでした。」
そそくさといなくなるヒロインに
「先ほども申し上げましたが、くれぐれも寝ないでくださいね。」
「オペラさん。」
シーダ先生と阿吽の呼吸だそうで……ちがうちがう、そんなことが言いたいのではない。
ヒロインは小さく生まれた嫉妬心をかき消そうと頭を振った。
「あ、待ってます!寝ません!失礼します!」
ヒロインはペコリとお辞儀をして自室へ戻って行っ
た。
オペラの部屋の前
「鍵……」
部屋主はいないが、ノックを3回し、かちゃ、と音を立ててヒロインがオペラの部屋へ入った。
毛先だけ少し湿った髪の毛の一束がぱらりとゆれる。
「お邪魔しまーす……」
こっそりしなければならない理由はないのだが、主のいない部屋へ入るのは勇気がいる。ヒロインが照明をつけようとスイッチに手を伸ばしたその時
「いらっしゃいませ。ヒロインさん。」
赤い悪魔に後ろから声をかけられ、ヒロインはひゅっと息を呑んだ。
「っ!オペラさん!びっくりした!やめてくださいよ、もう!」
「すみません、つい。」
オペラは嬉々とした様子で黒い尻尾をぴこぴこと動かし、するりとヒロインの身体を囲い部屋へ誘った。
「あー……すみません。かわいいです。ヒロインさん。」
背もたれがカーブを描く猫脚の椅子に腰掛けたオペラはひょいとヒロインを膝の上へ乗せ、丸い頬を両手で包み込み、口づけた。オペラはヒロインの首に手を滑らせ、もう一度深く口づけようとする。
「はっ……いけないですね。このまま頂いてしまうところでした。」
既の所で我に返ったオペラは、「危ない危ない」と言いながら小さく一呼吸置いた。
「ヒロインさん、こちらを。」
オペラがどこからか差し出したのは、小さなジュエリーボックスである。
「これ…開けてみても?」
ヒロインが小さな黒いビロードの箱を受け取り尋ねると、黒い尻尾をするりと彼女の太腿にくねらせながら、オペラはうなづいた。
ヒロインは突然のことに戸惑いながらゆっくりと箱を開けた。そこにはオペラの腕輪と同じデザインのような黒っぽく光る猫型の指輪が入っていた。
「えっと、魔界で指輪はどういう意味……」
ヒロインは大好きなオペラからの指輪にドキドキがおさまらず、小さく尋ねた。
ぬか喜びは禁物なのだ。人間界で指輪を渡すとなると、基本的にはただのプレゼントではなく何かしらの意味を示す。しかしここは魔界。
「私と婚約してください。ヒロインさん。」
真っ直ぐに見つめる赤い瞳に吸い込まれ、ヒロインはオペラから目が離せない。
「えっ」
「私だけのヒロインさんにしたいのです。」
所有したい、独占したいと言う気持ちの表れか。オペラは婚約をどのように捉えているのかわからないが、耳を下げ少し不安げな彼に、ヒロインはきゅっとオペラの指を握りそっと告げた。
「わたしはオペラさんの、ですよ?」
告げられた言葉をごくんと呑み込むように、一呼吸置いたオペラは、瞬きを一つすると瞳を細めヒロインの手を優しく包み込んだ。
「…… ヒロインさん、どうしたらよいのでしょうか。嬉しくて苦しいです。」
「わたしも、あの、ほんとに嬉しいですっ……」
最近では人間界に帰りたいとは思わなくなってきた。ヒロインがそう腹を括るにはオペラの存在がなくてはならなかった。
ヒロインの瞳からこぼれ落ちそうな涙を見て、オペラは撫でるように頬をなぞり、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……本当は首輪にしたかったのですが。」
「……ん?」
「いつも家の中だけでヒロインさんを見ていたので安心しきっていましたが……今日バビルスに行き、わたしのものだという証が早々に必要だと気が付きました。これでよほどのバカでない限り貴女に近づくものはいなくなるはずです。」
「あの、?!」
一体どういうことかオペラに聞く前に、その質問はうっとりとした表情でヒロインの瞳を覗く彼の口づけによって遮られた。
というわけで、ヒロインはオペラのフィアンセになった。
fin.
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