七番隊隊長狛村左陣
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現世任務にて、名無しは驚くべきものを発見してしまった。
【主人も獣人】
現世駐在の死神と情報交換をし、任務もひと段落したところで少し休憩することになった。名無しは、せっかく現世に来たのだから少し散策しよう、そう思い立った。
現世にはありとあらゆるものが揃っているように感じる。名無しは少し大きな駅の近くで本屋を見つけた。もちろん雑誌、小説、専門書、写真集など様々な書物が置かれていた。
精霊廷にも精霊廷通信という月刊紙があるが、現世では月刊紙の種類も様々あるんだな、ファッションの雑誌は女性死神協会の皆さんがいつも読んでるんだよね、などとぼんやり思いながらも名無しは特段惹かれるようなものは無く、一通りの本棚を物色し、また本屋の外で同じく散策しているであろう隊員らと合流することにした。
だいたい奥の方には少々アブノーマルな本が置いてることも多いのだが、この本屋もまさにそれで、奥の方に成人向けのものが置いてあった。名無しはそんなことは知らずに奥の方へ進んでいった。たいていの本は淡い桃色の表紙で、男女が寄り添うものや、淫らな表情を浮かべる女性など直視してはいけないようなものが多かった。名無しこれはさらっと早めに通り過ぎたほうがいいなと考えながら、どこに目を向けていいものやらうろうろと視線をあちらこちらに向けながら足を進めていった。
「えっ」
挙動不審だった名無しがピタッと歩みを止めた。その視線の先には、
《獣人》というワードがあった。その本の表紙にはまるで狛村そっくりな風貌の狼のような犬のような凛々しい横顔が描かれている。筋肉質の肉体で、可愛らしい女性を抱きしめている。
(な……なにこれ………左陣様そっくり!)
どきどきと高鳴る胸の鼓動を抑えきれない。
外にいる同隊員のことを考えながらも、どうしても中を見たい、という衝動を抑えきれず、
(買っちゃった…………)
買ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
狛村の待つ戸魂界へ帰る道中、同任務を任されていた七番隊隊士と話していた名無しは、先ほど購入した書物が気になって気になって上の空だった。
「名無しさん?聞いてます?」
「え?!あ……ごめんなさい聞いてませんでした……」
「なんかお疲れですか?」
「へ?はは……大丈夫です……」
もうなんでもいいから早く読みたくてたまらないのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
所謂助平な本を買ったあと、夫に会うのは恥ずかしい。ましてや夫の姿形と書籍の人物のそれとを重ねて購入したのであれば尚更のことだ。
しかし、任務は任務。上司への報告も任務のうちであるから放棄するわけにはいかない。名無しは七番隊隊長室へやってきた。
隊長室の前でふぅと一息つき、少し声を張って中にいるであろう狛村へ呼びかけた。
「狛村隊長、御在室でしょうか。名無しです。現世任務の報告に参りました。…………ん?いらっしゃらない?……!」
「ああ、名無し、戻ったのだな。おかえり。」
名無しの後ろから、気配を消した狛村がぬっと現れた。声はおちついてはいるが嬉しさで尻尾がぶんぶん振れている。
「さじんさま!あ、失礼いたしました!隊長、ただいま戻りました。」
「怪我なく戻り、安心した。」
狛村は名無しをふわりと抱きしめた。大きな体にすっぽり収まった名無しは突然の狛村の登場に驚き焦り慌てふためいている。しかし、ふわふわの狛村に抱きしめられていると、何とも言えない幸福感に包まれ、現世出張の疲れがじんわりほどけていくようで、名無しの目じりは下がる一方だった。
ふと、胸の合わせに忍ばせた書物のことが頭によぎり、ぴくりと身じろぎをした名無しから発せられる微かな違和感に、狛村は鼻をひくつかせる。
「名無し、現世任務において何かあったか。」
「へっ?いえ、あの、特段変わったことはないです……!」
「ふむ。そうか。」
「ええと、それでは……狛村隊長、また参ります。」
「もう行ってしまうのか、名無し。」
するりと狛村の腕をすり抜け、脱兎の如く消えていってしまった名無しを見て、狛村は疑問符を浮かべる。
「報告に来たというのに、何も言わずに行ってしまった。真新しい書物のにおいがしたが、なにか珍しい情報でも手に入れたのだろうか。」
さすがは狛村鼻が効く。
うーんと首を捻りぶつぶつ言いながら、狛村は隊長室へ入っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
隊長室から逃げるように七番隊舎の自室へ戻ってきた名無しは、現世で購入した恥ずかしい書物を胸の合わせから取り出した。
「……左陣様にバレちゃうかと思った……。」
名無しは、ふぅ、とひとつ息を漏らし、購入した書物をパラリとめくった。
獣の姿をした男が、女性の足を開き顔を埋め、舌で其処を責め立てていた。
顔だけ見れば、狼そのもの。身体は豊かな体毛に覆われてはいるが、形は人間と同じようである。少し爪の長い指先が、華奢な女性の太腿へ僅かに食い込んでいた。
『……ここが良いのか…?』
『や、あん、ちが…ひぁっ』
『ああ、愛らしいな…お前は本当にいい匂いだ。…特に此処…』
『あ、だめえ!そんなにしないでぇっ』
名無しはパタンと本を閉じ、なんとなく後ろを振り返った。気配を消した狛村が今にこちらへやって来るかもしれない。
---------------------------------
狛村は、名無しの口数が少なく、どこか落ち着かない様子だったことから、彼女がひとりで何か思い悩んでいるのではと心配になった。隊長室の中でぐるぐると歩き回りながら、やはり様子を見に行こうと決め隊長室から出ようとしたところのようだ。
狛村は隊舎の廊下の角で大きな身体を隠し、片目片耳を出し、姿の見えない名無しの様子を伺っている。
上司である前に夫でもある狛村が堂々と名無しの部屋へ行けない理由は無いはずなのだが、任務帰りで疲れただろう、ひとりの時間も欲しいだろう、などと考えてしまうと妻の下へ向かう足がどうしても止まってしまう。
狛村が廊下でうーんと微かに唸りながら考えていると、彼のよく聞こえる耳が微かな音を捉え、ピクリと動いた。
パラリ
カサ……
カサカサと乾いた音が確かに聞こえる。どうやら、名無しは紙を扱っているようだ。そういえば、ついさっき真新しい書籍の匂いがふわりと香ったな、と狛村は思い出した。
乾いた紙がめくれる音は一向に止まず、無意識的にぴくぴくと耳を動かしながら、狛村は先ほどの妻の様子をひとつずつ思い出し、憶測をしていく。
任務から帰った名無しの様子がおかしかった。いつもであれば、愛らしい笑顔いっぱいで報告という名目の他愛ないおしゃべりをしながら隊長室に半刻は居座るというのに。現世任務であれば、尚のこと、彼女が現世で見た新しい衣服や雑貨、食べ物……新しい、書物……。
そうだ、彼女は新しい書物を懐に持っていたようだった。
現世任務、新しい書物、自室へ足早に戻り、それに熱中してしまう……。
「読んだ者の心を奪う呪詛の描かれた書物!大ごとではないか……っ!」
狛村は脳内で巻き起こった憶測の一大事を思わず口に出していた。
---------------------------------
一方、名無しの自室である。すぐ外で夫が壮大な勘違いにより妻へ多大な心配をしているとは露知らず、名無しは黙々と書物を読んでいた。
ごくり、と、知らぬ間に口の中に溜まっていた唾液を飲み込む。
自身の夫の来訪を警戒し、今読むべきではないと一度諦めたにも関わらず、結局は読みたいという欲望に負け、新しい現世の書物(獣人助平本)に熱中していた。何か外部からのきっかけがない限り名無しは頁を捲る手を止められなくなっていた。
『君は、どこもかしこも甘い。どれだけ味わっても足りない。』
ぢゅっぢゅっと首元を吸い、犬歯が首元を掠める。一回り以上も小さい女性は、必死に大きなケモノの首元の豊かな体毛をつかんでいた。
真剣に読みふけっていた名無しは、少し息を詰めた。ずくりと、名無しの身体の中心で熱いものが芽生える。
『あぁ、変に、』
『我慢することはない。』
自分が読んでいるのは書物で、実際に抱かれているのは描かれている女性なのに、名無しは、自分が抱かれているかのような錯覚を起こし始めた。
「……っ」
思わず口を手で覆う。そうでもしなければ声が漏れてしまいそうだった。抱かれている女性の蕩けきった表情を見ていると、自分自身も厭らしい気分になってしまうのだった。
---------------------------------
廊下で様子を伺いながら、霊圧の揺らぎから妻の身体の変化を感じ取った狛村は、いよいよ危険な書物に取りつかれたと、瞬歩で名無しの部屋の前へ行き、どか!と壁ごと壊しそうな勢いで引き戸を開けた。
中へ入ると12畳ほどの部屋の隅で、名無しが膝をついて書物を読んでいた。顔が赤らみ、少し瞳も潤んでいるようだった。
「名無し!」
「?!さじ……さま…!」
「名無し!目を覚ませ、儂がわかるか?」
驚くべき速さで名無しの眼前まで行き、大きな手で彼女の肩を揺さぶる。
「あ、あのっ申し訳ありません!!」
助平なモノを読んでいた名無しは反射的に夫へ謝罪をしていた。
「分からぬと言うのか!こんなに瞳を濡らして……強力な呪がかけられていたに違いない。この、怪しい書物を一体どこで……!急ぎ、四番隊へ……!」
「左陣様!あの、左陣様!私は正常です!現世の書物を読んでいただけで……」
名無しは必死で狛村を止めたが、狛村が全く聞く耳を持とうとしないため書物を見せながら全てを打ち明けた。
---------------------------------
「すると、儂に似た絵の男をみて、その……」
「はい……申し訳ありません。ご心配をおかけいたしまして…………」
「あぁ…いいのだよ。」
狛村と名無しは向かい合って座り、その間には騒動の元の【獣人助平本】が置かれていた。
名無しは恥ずかしさのあまり下を向くしかなかった。
呪詛の込められた書物ではなかったこと。狛村に似た男が描かれていて、その書物を購入した妻がひとり隠れて読んでいたこと。かわいらしい話である。狛村は納得し落ち着きを取り戻したようだ。なんだかむず痒いような気さえして、ゆさゆさと尻尾を振る。
当の名無し本人は助平本を前に説明させられ、穴があったら入りたい気分だった。
「しかし」
いつもに増して小さく見える妻をじっと見て、狛村は口を開いた。
「名無しが、書物の男に発情したとなると、話は変わってくる。」
ふっと空気が変わった気がした。
同時にふわりと浮遊する感覚が名無しの身に起きた。狛村が名無しの身体を横抱きにし、立ち上がっていた。
「その男の何を見て身体を熱くさせたのか、話してくれないか。」
黄金の瞳が揺らぎ、名無しを見つめていた。
Fin.
【主人も獣人】
現世駐在の死神と情報交換をし、任務もひと段落したところで少し休憩することになった。名無しは、せっかく現世に来たのだから少し散策しよう、そう思い立った。
現世にはありとあらゆるものが揃っているように感じる。名無しは少し大きな駅の近くで本屋を見つけた。もちろん雑誌、小説、専門書、写真集など様々な書物が置かれていた。
精霊廷にも精霊廷通信という月刊紙があるが、現世では月刊紙の種類も様々あるんだな、ファッションの雑誌は女性死神協会の皆さんがいつも読んでるんだよね、などとぼんやり思いながらも名無しは特段惹かれるようなものは無く、一通りの本棚を物色し、また本屋の外で同じく散策しているであろう隊員らと合流することにした。
だいたい奥の方には少々アブノーマルな本が置いてることも多いのだが、この本屋もまさにそれで、奥の方に成人向けのものが置いてあった。名無しはそんなことは知らずに奥の方へ進んでいった。たいていの本は淡い桃色の表紙で、男女が寄り添うものや、淫らな表情を浮かべる女性など直視してはいけないようなものが多かった。名無しこれはさらっと早めに通り過ぎたほうがいいなと考えながら、どこに目を向けていいものやらうろうろと視線をあちらこちらに向けながら足を進めていった。
「えっ」
挙動不審だった名無しがピタッと歩みを止めた。その視線の先には、
《獣人》というワードがあった。その本の表紙にはまるで狛村そっくりな風貌の狼のような犬のような凛々しい横顔が描かれている。筋肉質の肉体で、可愛らしい女性を抱きしめている。
(な……なにこれ………左陣様そっくり!)
どきどきと高鳴る胸の鼓動を抑えきれない。
外にいる同隊員のことを考えながらも、どうしても中を見たい、という衝動を抑えきれず、
(買っちゃった…………)
買ってしまった。
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狛村の待つ戸魂界へ帰る道中、同任務を任されていた七番隊隊士と話していた名無しは、先ほど購入した書物が気になって気になって上の空だった。
「名無しさん?聞いてます?」
「え?!あ……ごめんなさい聞いてませんでした……」
「なんかお疲れですか?」
「へ?はは……大丈夫です……」
もうなんでもいいから早く読みたくてたまらないのである。
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所謂助平な本を買ったあと、夫に会うのは恥ずかしい。ましてや夫の姿形と書籍の人物のそれとを重ねて購入したのであれば尚更のことだ。
しかし、任務は任務。上司への報告も任務のうちであるから放棄するわけにはいかない。名無しは七番隊隊長室へやってきた。
隊長室の前でふぅと一息つき、少し声を張って中にいるであろう狛村へ呼びかけた。
「狛村隊長、御在室でしょうか。名無しです。現世任務の報告に参りました。…………ん?いらっしゃらない?……!」
「ああ、名無し、戻ったのだな。おかえり。」
名無しの後ろから、気配を消した狛村がぬっと現れた。声はおちついてはいるが嬉しさで尻尾がぶんぶん振れている。
「さじんさま!あ、失礼いたしました!隊長、ただいま戻りました。」
「怪我なく戻り、安心した。」
狛村は名無しをふわりと抱きしめた。大きな体にすっぽり収まった名無しは突然の狛村の登場に驚き焦り慌てふためいている。しかし、ふわふわの狛村に抱きしめられていると、何とも言えない幸福感に包まれ、現世出張の疲れがじんわりほどけていくようで、名無しの目じりは下がる一方だった。
ふと、胸の合わせに忍ばせた書物のことが頭によぎり、ぴくりと身じろぎをした名無しから発せられる微かな違和感に、狛村は鼻をひくつかせる。
「名無し、現世任務において何かあったか。」
「へっ?いえ、あの、特段変わったことはないです……!」
「ふむ。そうか。」
「ええと、それでは……狛村隊長、また参ります。」
「もう行ってしまうのか、名無し。」
するりと狛村の腕をすり抜け、脱兎の如く消えていってしまった名無しを見て、狛村は疑問符を浮かべる。
「報告に来たというのに、何も言わずに行ってしまった。真新しい書物のにおいがしたが、なにか珍しい情報でも手に入れたのだろうか。」
さすがは狛村鼻が効く。
うーんと首を捻りぶつぶつ言いながら、狛村は隊長室へ入っていった。
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隊長室から逃げるように七番隊舎の自室へ戻ってきた名無しは、現世で購入した恥ずかしい書物を胸の合わせから取り出した。
「……左陣様にバレちゃうかと思った……。」
名無しは、ふぅ、とひとつ息を漏らし、購入した書物をパラリとめくった。
獣の姿をした男が、女性の足を開き顔を埋め、舌で其処を責め立てていた。
顔だけ見れば、狼そのもの。身体は豊かな体毛に覆われてはいるが、形は人間と同じようである。少し爪の長い指先が、華奢な女性の太腿へ僅かに食い込んでいた。
『……ここが良いのか…?』
『や、あん、ちが…ひぁっ』
『ああ、愛らしいな…お前は本当にいい匂いだ。…特に此処…』
『あ、だめえ!そんなにしないでぇっ』
名無しはパタンと本を閉じ、なんとなく後ろを振り返った。気配を消した狛村が今にこちらへやって来るかもしれない。
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狛村は、名無しの口数が少なく、どこか落ち着かない様子だったことから、彼女がひとりで何か思い悩んでいるのではと心配になった。隊長室の中でぐるぐると歩き回りながら、やはり様子を見に行こうと決め隊長室から出ようとしたところのようだ。
狛村は隊舎の廊下の角で大きな身体を隠し、片目片耳を出し、姿の見えない名無しの様子を伺っている。
上司である前に夫でもある狛村が堂々と名無しの部屋へ行けない理由は無いはずなのだが、任務帰りで疲れただろう、ひとりの時間も欲しいだろう、などと考えてしまうと妻の下へ向かう足がどうしても止まってしまう。
狛村が廊下でうーんと微かに唸りながら考えていると、彼のよく聞こえる耳が微かな音を捉え、ピクリと動いた。
パラリ
カサ……
カサカサと乾いた音が確かに聞こえる。どうやら、名無しは紙を扱っているようだ。そういえば、ついさっき真新しい書籍の匂いがふわりと香ったな、と狛村は思い出した。
乾いた紙がめくれる音は一向に止まず、無意識的にぴくぴくと耳を動かしながら、狛村は先ほどの妻の様子をひとつずつ思い出し、憶測をしていく。
任務から帰った名無しの様子がおかしかった。いつもであれば、愛らしい笑顔いっぱいで報告という名目の他愛ないおしゃべりをしながら隊長室に半刻は居座るというのに。現世任務であれば、尚のこと、彼女が現世で見た新しい衣服や雑貨、食べ物……新しい、書物……。
そうだ、彼女は新しい書物を懐に持っていたようだった。
現世任務、新しい書物、自室へ足早に戻り、それに熱中してしまう……。
「読んだ者の心を奪う呪詛の描かれた書物!大ごとではないか……っ!」
狛村は脳内で巻き起こった憶測の一大事を思わず口に出していた。
---------------------------------
一方、名無しの自室である。すぐ外で夫が壮大な勘違いにより妻へ多大な心配をしているとは露知らず、名無しは黙々と書物を読んでいた。
ごくり、と、知らぬ間に口の中に溜まっていた唾液を飲み込む。
自身の夫の来訪を警戒し、今読むべきではないと一度諦めたにも関わらず、結局は読みたいという欲望に負け、新しい現世の書物(獣人助平本)に熱中していた。何か外部からのきっかけがない限り名無しは頁を捲る手を止められなくなっていた。
『君は、どこもかしこも甘い。どれだけ味わっても足りない。』
ぢゅっぢゅっと首元を吸い、犬歯が首元を掠める。一回り以上も小さい女性は、必死に大きなケモノの首元の豊かな体毛をつかんでいた。
真剣に読みふけっていた名無しは、少し息を詰めた。ずくりと、名無しの身体の中心で熱いものが芽生える。
『あぁ、変に、』
『我慢することはない。』
自分が読んでいるのは書物で、実際に抱かれているのは描かれている女性なのに、名無しは、自分が抱かれているかのような錯覚を起こし始めた。
「……っ」
思わず口を手で覆う。そうでもしなければ声が漏れてしまいそうだった。抱かれている女性の蕩けきった表情を見ていると、自分自身も厭らしい気分になってしまうのだった。
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廊下で様子を伺いながら、霊圧の揺らぎから妻の身体の変化を感じ取った狛村は、いよいよ危険な書物に取りつかれたと、瞬歩で名無しの部屋の前へ行き、どか!と壁ごと壊しそうな勢いで引き戸を開けた。
中へ入ると12畳ほどの部屋の隅で、名無しが膝をついて書物を読んでいた。顔が赤らみ、少し瞳も潤んでいるようだった。
「名無し!」
「?!さじ……さま…!」
「名無し!目を覚ませ、儂がわかるか?」
驚くべき速さで名無しの眼前まで行き、大きな手で彼女の肩を揺さぶる。
「あ、あのっ申し訳ありません!!」
助平なモノを読んでいた名無しは反射的に夫へ謝罪をしていた。
「分からぬと言うのか!こんなに瞳を濡らして……強力な呪がかけられていたに違いない。この、怪しい書物を一体どこで……!急ぎ、四番隊へ……!」
「左陣様!あの、左陣様!私は正常です!現世の書物を読んでいただけで……」
名無しは必死で狛村を止めたが、狛村が全く聞く耳を持とうとしないため書物を見せながら全てを打ち明けた。
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「すると、儂に似た絵の男をみて、その……」
「はい……申し訳ありません。ご心配をおかけいたしまして…………」
「あぁ…いいのだよ。」
狛村と名無しは向かい合って座り、その間には騒動の元の【獣人助平本】が置かれていた。
名無しは恥ずかしさのあまり下を向くしかなかった。
呪詛の込められた書物ではなかったこと。狛村に似た男が描かれていて、その書物を購入した妻がひとり隠れて読んでいたこと。かわいらしい話である。狛村は納得し落ち着きを取り戻したようだ。なんだかむず痒いような気さえして、ゆさゆさと尻尾を振る。
当の名無し本人は助平本を前に説明させられ、穴があったら入りたい気分だった。
「しかし」
いつもに増して小さく見える妻をじっと見て、狛村は口を開いた。
「名無しが、書物の男に発情したとなると、話は変わってくる。」
ふっと空気が変わった気がした。
同時にふわりと浮遊する感覚が名無しの身に起きた。狛村が名無しの身体を横抱きにし、立ち上がっていた。
「その男の何を見て身体を熱くさせたのか、話してくれないか。」
黄金の瞳が揺らぎ、名無しを見つめていた。
Fin.