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十二番隊隊長兼技術開発局局長涅マユリ
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【管理者】
今日も研究に明け暮れる十二番隊隊員。
真白な割烹着のような白衣を着て実験器具と向き合っている。
技術開発局員は急の徹夜が続き、目の下に隈を作りながら片手に栄養剤を携え各々の業務を行なっていた。そろそろだれかが倒れてもおかしくはない。
この状況を見かねた阿近が
「隊長、そろそろ死人がでます。」
とひとこと。周りの局員たちはこの声を聞きほっと一安心した。
涅マユリはというと、阿近には目も向けずに
「ヤレヤレ……まったく情けないことだヨ。」
といい、自らの業務の手を休めることはない。
このやりとりが一種の合図のようなもので、局員たちは「あー仮眠だ仮眠」などと言いながら、ある者は仮眠をしに、ある者は仮眠で抜けてしまったモニタリング番をしに、各々散り散り動き始めた。
技術開発局の研究室で、席を立つことのない者がいた。涅邸で屋敷内同居中の名無しである。先日から眠八號の育児補佐のために涅邸の一室に居住している。
動きまわる局員の中で、涅は名無しの霊圧を背中に感じた。彼にとっては何かと気になる存在のようだ。
涅は暫し自分の持ち場を離れ様子を見に行くことにした。たった十数メートルの距離ではあるが。
名無しの左側に立ち、頭上から作業台の上を覗き込む。すると、後ろから見ただけでは分からなかった光景が目に入ってきた。
涅は、半分寝たまま手だけを動かし続け薬品をμg単位で測る名無しをその目に捕らえた。白くて薄い薬包紙を四つ折りにし、薬匙で粉末の重さを測っている。背中には眠八號を背負って。
涅は信じがたい光景に絶句した。
「……」
しばらく様子を見ていたが実に狂いがなかった。
その様子は狂っているのだが。
特段危険な物質というわけでもないのでそのまま放っておこうと踵を返そうとしたその時、
「隊長……」
と寝たままの名無しが涅の名を口にした。
「……キミは夢遊病では?」
涅は予想外の出来事に、思ったことを口に出してしまった。
その問いに名無しが答えることはないが、かわりに名無しが涅の名をもう一度呼び嬉しそうな表情である。もちろん寝たまま。
奇妙なものを自分でつくってしまうことが多い涅は、自分の心臓がどきりと跳ねることはほぼない。これから起こるすべてのことへの対処は全て準備してあり、大体が予想の範疇だからだ。
黄金色の眼でじっと名無しの横顔を斜め上から眺めていると、柔らかそうな唇が目に入った。名無しの唇は赤く、柔らかで、涅の薄い唇と比べたらぽってりとしていた。しばらくの間まじまじと見つめ、右手の人差し指で涅は自らの唇を撫でた。
涅は目覚めない名無しをしばらく見つめていた。時間にして1分ほどのことだ。
寝ながら作業するなど言語道断だが、名無しが昼夜通して眠八號の世話をしているのを知っていた涅はうまく起こす言葉が見つからなかった。
危険な作業をしているわけでも無し、再び踵を返そうとしたそのとき、するりと涅の隊長羽織から擦れる音がし、夢と現実の間にいた名無しがハッと覚醒した。
そして隣に気配を感じた。
「あの……隊長、えっと……え????」
通常ではありえない距離の近さに困惑している名無しに涅がひとこと。
「先ほど君に呼ばれたのだが、君は夢遊病かなにか持ってるんじゃあないのかネ?え?」
「えっと……その、え!?私が隊長を呼んだのですか……???」
名無しは狼狽していた。顔を赤くし、周りまで伝わりそうなほど体を熱らせて恥ずかしがる名無しを見て、涅は自分の心臓がトクトクと鼓動を速めていくのを感じた。
「いやはや、実に面白いことだヨ。君は勤務中に居眠りをしつつ、この私を呼ぶという実に器用なことをしている。」
勤務中の居眠りという、実験体行き決定のようなことをしてしまった名無しは様々な感情が渦巻いてた。全く急用ではないのに隊長格を呼んでしまったことが無礼だということもよく分かっていた。
名無しは今にも泣き出しそうだった。先日眠八號プロジェクトという大きなことを任されたのにもかかわらず、涅の期待や思いを踏みにじってしまったように感じていた。
「君は職務に没頭しすぎて自分の管理ができていないようだ。」
「……すみません……」
「よって君の今後の管理は私が行うことにする。」
「すみません……え?」
「とりあえず、君は今から私についてくるんだヨ。
おい!阿近!!!!こっちへ来い。」
突然涅は大きな声をだし、名無しの背中で寝息を立てている眠八號をそっと抱いた。眠八號はぴくりと身動ぎをしたもののなにやらむにゃむにゃと咀嚼するような動きをし、また眠りについた。
「隊長、お呼びです……っか?!え?」
阿近の腕の中へ涅が寝ている赤子を渡した。
「いちいち驚くんじゃないヨ。阿近、眠八號の世話をしてい給え。私は午後急用ができた。」
「え?眠八號は名無しに任せたんじゃ……」
「名無しは私と共に急用だヨ。眠八號は名無しと阿近にしか扱えない。しかと頼んだヨ。」
そう言うや否や涅は名無しの腕を掴み研究室を飛び出して長い廊下を足早に去っていった。
取り残された阿近はというと、すやすやと眠る赤子を抱きながら
「隊長、眠八號が俺に懐いてるの知ってたんですね……」
と、嬉々として腕の中の眠八號を見つめた。
「眠八號〜阿近兄様だぞ、ほら言ってみろ、あ、こ、ん。」
どうやら阿近は眠八號の世話をするのがとても好きなようだ。
涅に強引に廊下へと連れ出された名無しは、いよいよ実験体にされるのだという確信を持ち、涅の行動に抗おうとはしなかった。名無しの体から力が抜けたのに気がついた涅は、
「ホウ、君は物わかりがいいネ。」
と言った。
腕を引く涅を見つめた名無しは、か細い声でやっと言葉を発した。
「隊長…すみません、お願いです、お風呂に行かせていただいてもよろしいでしょうか…っ」
名無しは大昔様々な理由で実験体にされた死神たちを知っていた。被験体は皆切ったり縫われたりなにかを足されたりする。清潔にしてから台に乗るのがせめてもの最後の礼儀だと思ったが故の申し出だった。
「?アア、その方が殊更いいネ」
ゆっくり行ってくるといい。そう言って涅は風呂へ名無しを送り出した。
その声が、これから恐ろしく狂った実験をする研究者のものとは思えないほど優しく、名無しは涙が出た。
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自室へと戻った涅は名無しが寝るための布団を甲斐甲斐しく用意し、より一層体を休められるような薬を調合していた。左手に黄色味を帯びた蛍光色の液体が入ったフラスコを持ち、金属でできた輪へフラスコをセットし、慎重に湯煎へかけるところだった。
湯浴みを終えた名無しは涅の自室へ向かった。
廊下側から涅の影が障子を通して透けて見えた。
「隊長、お待たせいたしました。」
「もう良いのかネ。」
「はい。」
「ではまずこれを飲みたまえ。」
そう言って涅は名無しへ先程調合した特製の薬を手渡そうとした。しかし、名無しの手がカタカタと震えているのに気がつき、手渡すのをやめた。どうしたと声をかけようと名無しの表情に目を向けると、今にも溢れんばかりの涙が溜まっていた。
「?!……どうしたんだネ?!」
「た、たいちょ……申し訳ありませ……っ」
堰を切ったように名無しは声をだし、泣き始めた。
「…っ隊長のお役に立ちたいと、常々、思っております……しかし、このような形で死神として終えるのは、わたし、わたし……」
「……??終える?それはどういうことだネ?」
涅は本気で分からない、というような表情をしていた。名無しは涙でいっぱいの瞳で涅の瞳を見つめた。
「わたし、ひ……被験体にされるのではと……」
互いの間で生じている違和感の原因に2人は気がつき始めた。
「……私が名無しを解剖でもする、と?まさか、そんなことがあろうわけがない。」
言いながら涅はそっと名無しを布団へ促した。
「どうやら疲れが思考まで蝕んでいるらしいネ。しばらくここで休みたまえヨ。」
「……わたしを心配してくださったのですか……?」
手渡された蛍光色の薬を両手で受け取り、名無しは潤んだ瞳を二の腕で擦った。涅はまるで話を聞いていないようで、部屋の温度、湿度など確認している。さながら四番隊隊士のようである。
「君は抱え込みすぎだヨ。そういう性分なのだろうが、控えろと言ったところで自己管理ができないということが分かった。よって今後は私が管理すると言ったのだヨ。」
「…………」
名無しはすっかり力が抜けてしまっていた。目前に迫っていた死から逃れ、ぽかんと呆けている。無論始めから死など迫ってはいなかったのだが。
「とりあえず、それを飲みたまえ。そしてよく寝るんだヨ。」
「は、はい……。ありがとうございます。あの、いろいろ本当にすみません。いただきます……」
そう言って名無しは目をぎゅっと瞑って、薬を一息で飲み干した。その後布団を顎まで被り、涅の後ろ姿をぼうっと眺めていた。涅は一切無駄のない動きで実験器具をかちゃかちゃやっている。少し経ってなにかを思い出したのか黄金色の瞳をぎょろぎょろ動かして斜め上を見上げた涅が名無しの方へと振り向きながら口早に言った。
「……アァ、名無し、明日、新しい配合で……ン?寝てしまったかネ。」
涅は返事のない名無しの寝顔を見つめている。
すうすうと寝息を立てながら名無しがまた小さくつぶやいた。
「……隊長……」
「…………レム睡眠か。」
もぞもぞと寝返りを打った名無しを、いつの間にか布団の近くまで来ていた涅が真上から見つめた。
「…………寝かせたら寝かせたで起こしたくなるのは……何故か…………。」
涅はそわそわと名無しの枕元を行ったり来たりしている。名無しが寝息を立てる。涅は再び名無しのふっくらとした唇に釘付けになった。そして少し隙間の開いた両唇の接着点を凝視する。
「…………」
暫く見つめた後涅は自室を後にした。
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廊下を足早に進み技術開発局へと戻った涅の元へ、背中に眠八號を背負った阿近が声をかけた。
「あ、隊長、もういいんですか。」
「アァ…………」
小さい声で返事をした涅を見て首を傾げた阿近が、先程連れ出された名無しについて訊ねた。
「隊長、名無しは」
「……アァ、休んでいるヨ。アレは放っておくと働きすぎるからネ。」
依然上の空の涅を見てから阿近は右斜め上をチラと見た。
そして何食わぬ顔で
「みんなかわいい名無しがいなくて寂しいんすよ。」
と言った。
「名無しが、かわいい……?」
涅はなぜか阿近に言われた言葉を反芻していた。その様子を見て阿近はニヤつく口元を必死に堪えている。
「隊長名無しのこと、お気に入りですもんね。」
「私が、彼女を、……」
「眠八號が名無しに懐くのも、隊長の血が入ってるからでしょうね。」
阿近はなぜか畳み掛けるように言葉を投げかけ、とても楽しそうに様子を伺っている。涅は少し遠くの一点をぼうっと眺めながら阿近に言われた言葉を一つ一つ飲み込んでいた。そして小さくひとこと、
「……私は名無しがかわいくて仕方がない。」
と、夢から醒めたような顔で言った。
次の瞬間、また足早に自室へと戻って行ってしまった。
「隊長、気がつかないんだよ、な?八號?」
背中で眠る眠八號へ声をかけた阿近は、両手を頭の上で組んで体を伸ばし、仕事へ戻った。
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勢いよく自室へ戻ってきた涅は引き戸の一歩手前でピタリと止まり、指一本分戸を開け、白くて細い指を滑り込ませた。そしてゴクリと喉を鳴らし部屋の中へすっと入って行った。
先程涅が部屋を出てから時間はさほど経ってはいない。そこには変わらず布団へ顔を沈めて眠る名無しがいた。安らかな寝顔を見て涅はわずかに安堵の表情を浮かべた。しかし、どうにも胸の鼓動が煩い。青白い手はしっとりと汗ばみわずかに握ったり開いたりを繰り返していた。
なだらかな目蓋、黒くて艶やかな睫毛、鼻筋、そして赤子のようにぷっくりと滑らかな唇。顔の凹凸全てをまじまじと見つめるうちに一歩、また一歩と吸い込まれるように涅は名無しへ近づいた。
「どうやら、かわいいなんてものじゃあないネ……」
涅は、寝ている名無しの顔を真上から観察しながらなにやらぶつぶつ思案し始めた。
「脈拍、体温共に上昇、
私はどうやら君を好いているようだ」
涅は自分のヘルスデータをなにかしらの術で瞬時に測定、把握することができるらしい。そして、本日一体何度目か分からないが、名無しの寝顔をまじまじと見つめた。自らの感情に気がつき納得した涅は、素直にその自分の思いを受け入れた。
「起きるのが実に楽しみだネ。」
Fin.