6ペンスの唄
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*八話:年頃の悩み*
私は徐に切り出した。
「ねぇ景吾、どうしよう」
「……どうした」
「侑士くんが情緒不安定なの」
「放っとけ」
これまで続けて成績が上がっていたから、そして侑士くんの態度が大人びていたから忘れていた。侑士くんはまだ高校生なのだ。
侑士くんのお母さんにはまだ家庭教師を続けさせてくださいと申し出た。“教師”と名が付く以上、私はメンタルケアも仕事の一つだと思っている。学生時代良い教師に巡り会えたかでその後の人生が変わる、なんて話も聞くくらいだ。
「侑士くん、学校では何か変わったところない?」
私の部屋の私のベッドの上で勝手にくつろいでいた景ちゃんが、身体ごとこちらに向き直った。不機嫌丸出しである。
「……別に変わったところなんかねぇよ。相変わらず女に群がられてる」
「やっぱり侑士くんモテるんだねぇ。……じゃなくて! 何かに悩んでるとか部活で上手くいってないとか、景ちゃん心当たりない?」
景ちゃんは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「あいつの悩みなんざ知るか。古文の平均点やら問題傾向やらを調べ回ってたことしか知らねぇ」
やはり古文は平均点を取ることすら不安な科目だったのか。もう少しきちんと侑士くんを見てあげるべきだった。
私はため息と共に視線を膝に落とした。
「初めての家庭教師だから頑張ろうと思ってたし、手を抜いてなんかない。でも……学生を教えるのって難しいんだね。学校とか塾の先生はみんなすごいなぁ……」
つい弱音を吐くと、もぞもぞ音がした。顔を上げれば、私のベッドから降りた景吾がゆっくり近寄って膝をついたところだった。
同じ正座でも私と景吾の目線はだいぶ違う。景吾は私の両頬を包んで、こつんと額を合わせた。
「……俺は希々よりわかりやすい国語教師に出会ったことがない」
「……景ちゃ、」
「希々は誰より生徒のことを考えてる。あの資料だって完璧だった。あれを見ても満点取れねぇ忍足の頭が悪いんだよ」
不器用なそのフォローが嬉しくて、私は景吾を抱きしめた。
「……ありがとね、景ちゃん。ちょっと元気出た!」
「あいつのことなんか一々気にすんな。……馬鹿希々」
照れ隠しなのか景ちゃんも私を抱き返してくれた。温かくて落ち着く景ちゃんの香りに、ほっと息をつく。
それにしても。
私は侑士くんの家庭教師をすると伝えたあの日からずっと疑問に思っていたことを尋ねた。
「ねぇ、景ちゃんと侑士くんって仲悪いの?」
「………………………………あぁ、悪い」
「その間は何なの」
「それはそれは埋め難い溝があるっつーことだよ」
私は腕を解いて景吾の顔を覗き込んだ。
「二人、何があったの? 私……もう侑士くんの前で景吾の話しない方がいいのかな?」
同じクラスで同じ部活。一番相談しやすい相手だと思っていた。私には言えない確執があったのなら、もう触れないようにした方がいいのだろうか。
これからの教え子への接し方について悩む私に、景吾はわけのわからない答えを返してきた。
「いや、俺の話をしまくれ。できるだけ昔の話から俺と希々がどれだけ長く一緒に居たのか、事細かに教えてやれ」
「…………?」
どう考えても解決策どころか火に油を注ぐ結果しか見えない。そのせいで侑士くんのストレスがさらに溜まってしまったらどうするのか。
「景吾、そんな意地悪なこと言わないの! 二人の間に何があったか知らないけど、弱ってる相手にそういう意地悪なことしちゃ駄目、」
「っ意地悪なのは希々だろ!?」
突然の大声に、私は思わず言葉を飲み込んでしまった。
景吾は俯き加減に声を震わせる。
「侑士くん侑士くんって、最近希々は俺といるのにあいつの話しかしねぇ」
「、それは……」
「俺は幼なじみだからいつでも会えるしいつでも話せる、ってか? 俺に……彼女ができたら、もうこんな風には過ごせねぇんだぞ?」
私はむしろそれを応援している。寂しくはなるだろうが、景吾に彼女ができて幸せになってくれることを望んでいる。ただ、傷付いた表情の彼にそれを伝えることは何となくはばかられた。
景吾が最近不機嫌だと思っていたけれど、もしかして景吾も人知れず悩みを抱え込んでいたのかもしれない。本当に私は視野が狭い。侑士くんに鈍いと言われたのももっともだ。
侑士くんだけじゃない。私は景ちゃんの心も癒してあげたい。私にできること全部で、この可愛い王様を。
「景ちゃん…………ごめんね。大好きだよ」
再びそっと抱き寄せると、強い力で抱き返された。
「……好きだ、希々。忍足ばっかり見てねぇで、俺のことも見てくれよ……」
私は頷いて、景ちゃんの髪を撫でたのだった。