6ペンスの唄
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*七話:強硬手段*
この日俺は、とんでもない話を聞いてしまった。俺の母親と希々の会話。それは俺の成績が上がってきたから家庭教師を辞めるか続けるか、というものだった。
息を潜め二人の会話を追う限り、まだ決まっているわけではなさそうだ。
確かに俺はあの鈍感女を落とすと決め、約束の期末では8割をクリアした。姉への誕生日プレゼントを選ぶという名目で初めてデートをしたが、終始俺は“生徒”として扱われ非常に不本意だった。
今度は中間で8割5分を超えたら一緒に映画を観に行ってくれ、と言ったら希々は二つ返事で了承した。侑士くんはご褒美があるとやる気が出るタイプなんだね、なんて笑っていたこいつを押し倒してやろうかと思ったが、そこは今後の関係性を考慮して何とか抑えた。
気付けばこんな調子で、俺の成績は知らず上がっていたのだ。
家庭教師は古文の成績を上げるために呼ばれたもの。成績が上がれば用は無いということか。
冗談じゃない。
俺はこの女を落とすと決めたのだ。
俺に落とせない年上の女はいない。その自信を確かなものにするためにも、こんな中途半端な時期に辞めてもらっては困る。
それなら。
***
「侑士くん、今回の期末体調悪かった?」
「……ちょっとな。いろいろ上手くいかへんことばっかりあって、ストレス溜まっててん」
俺は点数を操作するという強硬手段に出た。見事目標の60点台をとることに成功した俺は、眉をハの字に寄せる希々から目を逸らす。
平均点よりは高く、しかし今までの調子とは明らかに違うギリギリを狙った。満点を狙うより運任せな分、スリリングなテストになったのは少し面白かった。
「授業の時はできてた問題なのに期末では間違えちゃってるし、他の科目と比べてやっぱり目立っちゃうよね……」
ちら、と見れば希々は本気で落ち込んでいるようだった。申し訳な……くなんてない。こちらは指導を頼んでいる側だ。
「私の教え方が悪かったんだよね。ごめんね侑士くん……お母さんには私が頭を下げておくから、侑士くんは気にしなくていいからね」
「……、」
申し訳な…………くなんて、ない。
「どうしたらいいか私なりに分析してみるから、このテスト写メっていい?」
「、……ええけど」
申し訳な………………くなんて。
「ありがとう! 次の中間は1点でも上がったら好きなご褒美あげるから、一緒に頑張ろうね」
「…………っあぁあああもう! ほんまに自分、何でそないふわふわしとるん!?」
申し訳なくない、わけがない。先刻からこいつが励ましの言葉を重ねるたび罪悪感が心臓をちくちく刺してくる。
「え? 私のどこがふわふわしてるの? わりとしっかりしてるはずなんだけど……」
「どこがや!! 鈍い! 鈍すぎや! 言われたことがないとは言わせへんで!」
希々は細い指を顎に当てて瞬きを繰り返した後、ぽん、と手を叩いた。
「確かに景ちゃんによく言われる! 侑士くん、すごい! よくわかったね。でも私、しっかり先生できてるはずなんだけどなぁ……。できてなかったのかな?」
「先生ができてるかどうかなんてどうでもええねん! そういう問題やないやろ!! いやむしろ教師としては有能かもしれへんけどほんま何なん!? この気持ち悪い会話で自分が天然記念物級の鈍感やって、何で気付かへんねん!!」
俺の渾身のツッコミに、希々はドヤ顔を返してくる。
「侑士くん何言ってるの。人間は元々みんな人工物じゃなくて天然ものだよ」
「…………っ!!」
この時の俺の気持ちがわかるだろうか。壁を蹴り破って世界中の人間に常識とは何かを尋ねる旅に出たい気分だった。
――――なのに。
「それより侑士くん」
希々はふわりと笑った。
「何か悩んでることがあるの? 私でよければ話を聞くことくらいはできるよ。高校生なんて多感な時期だし、侑士くんはあんまり人に心を開かなそうだから。誰かに相談したくなったら私、いつでも聞くからね」
……よくわからないけれど、その笑顔がひどくせつない気分にさせたのだった。