6ペンスの唄
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*六話:一生勝てない*
俺に日課ができた。
毎日希々の様子を確認すること。
忍足の家庭教師なんか引き受けやがって、こちらの心配を知りもせず子供扱いしてくる。俺は何だってこんな幼なじみが好きなんだと考えて、好きなものは好きなのだから仕方ないという結論しか出てこないことに悶々とした。
「おい希々、今日はあいつにセクハラされなかっただろうな」
今日は家庭教師の日だったらしい。希々の母からそれを聞いた俺は、許可を得た上で部屋にあがり待っていた。やがて「ただいまー」という声が聞こえて部屋のドアが開くや否や、帰ってきた希々に問いかける。
こちとら心配で堪らないのだ。
なのに希々は苦笑して俺の頭を撫でる。
「大丈夫だよ。デートしようって言われたけど、」
「何!?」
「……景ちゃん落ち着いて。誰かと二人で出かけること全部を“デート”って言ってたら言葉の重みがなくなるからやめなさい、って注意しただけだよ」
「……っ」
忍足は興味のない女には見向きもしない。恋愛に結びつきそうな単語も口にしない。
いよいよもって俺の中に不安が込み上げた。
次に狙われているのは希々ではないか。いや、間違いなくそうだ。
「希々、頼むからあいつの家庭教師は辞めてくれ」
俺は希々が傷付くのは耐えられない。
ただでさえ家庭教師なんて同じ部屋に二人きりだ。家族が居ればいいが、もし買い物にでも行って家の中で二人になったら。希々が襲われたら。泣かされたら。
俺はあいつを許せない。
「希々、頼む、」
俺は彼女の服を掴んで訴えた。
しかし希々は俺の頭を撫でて、困ったように笑うだけだ。
「……景吾、私を侑士くんに取られるのがそんなに心配?」
「……っ!」
いざ言葉にされて血の気が引いた。
泣かされる、ならまだしも、取られる、なんて。
希々の同意があるなら、忍足は悪者どころか希々の彼氏になるのだ。邪魔になるのは俺の方。
今まで希々が傷付けられるのではないかと危惧していたが、一気に別の不安が胸を締め付けた。
「……取られる、って…………希々は忍足が……気になる、のか…………?」
絞り出した声は情けなく震えていた。
希々は俺の髪を撫でながら首を捻る。
「うーん、ちょっと危なっかしい子だとは思うけど。景吾と一緒で誰かに心を開くのが苦手そうっていうか、私を試してるっていうか」
「、」
「私はただの古文の先生だけど、……何か助けになれるならちゃんと話は聞くつもりだよ」
やめてくれ。
あいつの話なんか聞かないでくれ。
俺を放ってあいつと親密になんかならないでくれよ。頼む、から。
「……っ希々……っ、俺は!」
不意に両頬が温かい手に包まれた。落ち着く優しい香りと共に額に柔らかなキスが落とされる。
それだけで俺は何も言えなくなる。
「確かに侑士くんを教えてる時の私は侑士くんの先生だけど、それ以外の時間は大抵いつも景ちゃんのお姉さんでしょ? 週に数回別の子のお姉さんになるくらいで拗ねないの」
昔から俺を宥める時、希々はこうする。綺麗な茶色の瞳が俺だけを映す瞬間。
「本当に景ちゃんは甘えん坊なんだから。幼なじみを取られて拗ねるなんて」
俺は反論しようとして、やめた。
希々の中で“取られる”という言葉の定義は恋愛に関わるものではないとわかったからだ。ここで俺がやぶ蛇になって忍足を意識させるようなことだけは、絶対に避けなければならない。
俺は希々の両手を上から包むようにして尋ねた。
「…………希々は、そんな俺が嫌いか……?」
今度はうってかわって花が開くような笑みがこぼれる。俺の大好きな、希々の笑顔。
「うぅん! 景ちゃんのこと大好きだよ」
「…………俺もだ」
俺はきっと、一生この幼なじみに勝てないと思う。