6ペンスの唄
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*三話:自業自得*
俺の初恋は幼稚園に入りたての頃だった。今でも鮮明に覚えている。
近所に住む2歳年上の希々とその他大勢でかくれんぼをしていた時、突然の雷雨に見舞われた。
園児にとって恐怖以外の何物でもない自然現象を相手に、希々は笑って言った。
『おてんきも、いっしょにあそびたいんだって! みんなでかくれよう!』
公園の遊具の中に隠れて、希々は歌を歌った。雷の音を合いの手に、下級生全員を守りきって笑顔のまま家に返した。
俺にとってはその笑顔と歌声が嵐の後の太陽よりも眩しく見えた。何て強く優しいひとなのかと憧れた。
しかし憧れは一瞬で崩れ去る。後に希々は語った。
地震の揺れはアトラクション。
雷はドラム。
雨はオーケストラ。
幽霊は隣人。
妖怪は人生の先輩。
暗闇は昼寝場所。
――この女には恐怖という概念がなかったのだ。
それを知らずに尊敬した自分が馬鹿みたいだと思った。だが俺の目はそれからこの能天気女を追い始めることになる。
成長するにつれて俺は跡部財閥の跡取りとして特別視されるようになっていった。
老若男女問わず媚びを売る輩が増え、いつしか景色から色が消えかけていた。
そんな中、希々は何一つ変わらず俺に接して来た。
『わたしはけいちゃんよりおねえさんだから、なにかあったらわたしがけいちゃんをまもってあげる!』
最初は俺の好感度を上げるための詭弁だと思った。俺は何度も希々を試した。
わざと自分を貶め、女が好きそうな高級アクセサリーをちらつかせ、中学の頃にはそれなりにいい雰囲気で迫りながら嘘の告白をした。
希々は、笑わなかった。
笑ってばかりだった彼女が唯一笑わないのは、俺が彼女を試している時だと気付いたのは中学2年になってからだ。
『景ちゃん。そんなに怖がらなくても、私はどこにも行かないよ。嘘じゃなく景ちゃんが大好きだよ。一文無しになったら私が養ってあげるからおいで。……誰よりも跡部の肩書きを怖がってるのは、景吾自身だよ』
真理だった。
誰よりも跡部の肩書きを利用し、軽蔑し、それに怯えていたのは俺自身だった。
微笑んで両手を広げる希々に抱き着いて、俺は初めて他人の前で泣いた。何度も謝る俺の頭を撫でて希々は眩しい笑顔を向けてくれた。
『大丈夫。私が景ちゃんを守ってあげるから!』
守る、その言葉の意味が判然としなかった。対象に害なすものを排除する、あるいは対象に害なそうとするものから対象を遠ざける。それを守ると言うのなら、俺はお前に守られたいんじゃない。俺がお前を守りたい。
――好きだ。
能天気で天然で鈍感な希々が、好きだ。お前がその純粋さ故に傷付けられそうになった時は、俺がこの身を盾にしてでも守る。
幼稚園の初恋を自覚した小学生時代。幼なじみという関係性を壊したくなくて足踏みしていた中学時代。思えば俺の人生の中心にはずっと希々がいた。
そして中3のある日、俺は勇気を振り絞って希々に告白した。ずっと好きだったと。付き合ってほしいと。
……待っていたのは、自業自得の結果だった。
『私も景ちゃん大好きだよ。たった一人の幼なじみだもん。付き合ってほしいって、どこに? 何か買いたいものあるの?』
希々は誰かに媚びるような女じゃない。金目のものより手作りの歪なストラップを選ぶような奴だ。
知っていた。この失恋は、彼女を信じきれなかった俺の弱さが招いた結末だった。
一度偽の告白をしてしまったせいで、何度好きだと告げても彼女からは『私もだよ』としか返ってこなくなった。
そしてまずいことに、希々の容姿は整っている。本人に自覚はないが、ナンパをティッシュ配りと勘違いしているし、告白をお世辞だと思っている。
ふわふわした雰囲気にぴったりなファッションもまた、男の目を惹く。男はそういった柔らかい雰囲気が好きだ、お前はモテていると何回言っても『へー』という興味のなさそうな生返事しか返ってこない。
それがここに来て忍足。あいつのことだ。初見で嫌なら辛辣に追い返すだろう。そうなっていないということは、希々に興味を持ったということだろうか。
「…………」
希々の部屋で膝枕をされて満足したものの、俺の心労は今日も絶えない。
苦い表情になった俺の額に口づけて、希々は笑った。
「今度恋バナしようね」
俺は僅かに赤くなった頬を隠しつつ、ぶっきらぼうに答えた。
「……気が向いたらな」