6ペンスの唄(跡部vs.忍足)
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*二十六話:ギリギリの劣情*
あの日から俺の理性はぐらつくことになってしまった。
希々が家に来るのは勉強を教えるためだ。それくらいしか会える機会がない。
今までなら笑って希々が窘めてくれたから我慢できた。
しかし彼女もあの日から変わってしまったのだ。いやに可愛くなって、いやに積極的になった。
希々が止めなければ俺に自制の二文字が残るわけがない。
いつものように課題を満点で終えれば、脳内はすぐさま希々でいっぱいになる。
「希々せんせ…………キス、してもええ…………?」
「うん……」
閉じられた瞳。長い睫毛。柔らかい身体を抱きしめて、溶けそうな唇に酔う。
怖がらせないよう何度も触れ合わせて、感触を確かめて、優しく食む。
希々は心地好さそうに頬を染め、俺に全身を預けてくる。
そっと唇を放し、至近距離で彼女の様子を見つめた。
「ぁ…………」
陶然と俺を見上げる希々。茶色の瞳が部屋の灯りを反射して潤んだように見える。物言いたげな唇が、ふ、と吐息を漏らした。
そんな顔をされたら、耐えられるものも耐えられない。
絡み合う視線はそのままに、そっと右手で頬に触れる。
「…………深いキス、してもええ…………?」
希々は微かに笑って頷いた。
「うん……」
「……っしんどかったら、背中叩いてな」
「……ぅん…………」
希々の小さな手が背中に回される。
同意の証に、口づけを深めた。
「……っ」
二人の間にある空気を追い出すよう、きつく抱きすくめる。互いの香りが混ざり合う。
「ん、……っ」
熱い舌を吸い上げ、唾液を嚥下する。ぴく、と震えた舌を絡め取って、ざらつきを擦り合わせた。恐らく跡部とも経験のない、濃厚で官能的なキス。
希々は必死に俺の背にしがみついている。
慣れないながらに精一杯伸ばされた舌を吸って食んで扱いて味わい尽くす。小さな唇から溢れかけた唾液を追いかけて飲み干し、気づけば俺もキスに夢中になっていた。
欲しい。もっと。
苦しいほどに、希々が欲しい。
頬の内側、下顎、見えない場所を舌先で辿ると希々の奥を知れたようで体温が上がった。
「ん…………っ、ぁ……っん、……っ」
「っ好きや、希々……!」
もう何分間こうしているかわからない。
とうに限界の希々からは力が抜けて、縋り付くこともできない手がぱたりと落ちた。
「……っ!」
そろそろやめてやらないといけない。
わかっているのに止まらない。止められない。
「ぁん…………っ、ん、ぅ……っ」
「は、希々……っ!」
華奢な肩に手を這わせ、力の抜けた細い指に指を絡めてきつく握る。
高まる快感。溶け合う体温。
上顎に舌先を往復させるたび上がる喘ぎ声に、腰からずくんと疼きが這い上がってくる。
駄目や、止めへんと。
僅かな自制心がギリギリの劣情を押し込める。
歯列をなぞって、希々の咥内のどこにどんな歯があるのかを脳髄に刻む。
このまま一つになれたらええのに。
そう思った瞬間、
――ピピッ、ピピッ、
「!」
かけておいたタイマーが鳴った。
家庭教師の時間内で、希々がクールダウンできるよう設定したタイマーだ。
音という刺激で、崩れかけていた思考が戻ってきた。
「ん、ぁ……っ」
唇を離すと、蕩けた希々の表情が俺を煽った。眦に薄ら涙を浮かべ、僅かに開いた唇から小さな舌先がのぞく。
「……っ!」
ここで我慢せなあかんのか……!
「はー…………。煽らんで……言うても、希々せんせにはわからんよな」
自分で自分にツッコミを入れるのはもう何度目か。俺は深く息を吸って吐いた。希々に出会ってから俺は、“余裕のある忍足侑士”でなくなっている。しかしそれをどこか新鮮に思っていた。
「……ほら、希々。そんな物欲しそうな顔せんといて」
濡れた唇を指先で拭ってやって、苦笑する。
「ふ……」
まだ意識が戻って来ない希々の頭と背中をゆっくり撫でる。
「戻って来ぃや、希々。お袋に勘づかれたら困るやろ」
「ゆ……し、く…………」
「おん。もっとキスしてたいんは俺もやけど……今はちぃと我慢、な」
「ぅ、ん…………」
あの日と同じように、額、頬、鼻先と順番に優しくキスを落とす。
ややあって希々は瞬きをし、俺にきゅっと抱きついてきた。覚醒の仕草に思わず笑ってしまう。
「……希々せんせ、おかえり」
「……っうぅー……っ恥ずかしい…………!」
我に返ると希々は、真っ赤な顔を隠したくてぎゅうぎゅう抱きついてくる。慣れた今ではそれが可愛すぎて、内心悶えているのは俺だけの秘密だ。
「……可愛かったで、希々」
「だ、だってあんな、す、すごい……っキ、キス……!!」
「……跡部ともしたことないみたいな?」
「い、言わせないで……!」
恥ずかしがる希々を見ていると、彼女が年上だということを忘れそうになる。
そんなところも可愛いと思うのも、もう何度目だろう。だが間違いなく彼女は恋愛初心者で、どうしたら関係を進展させられるかなど知らないはずだ。ここは先に惚れた者として、そして男として俺から言い出すべきだろう。
俺は希々を抱きしめたまま、口を開いた。
「希々せんせ。…………連絡先、交換せん?」
「!」
腕の中の希々が肩を跳ねさせた。
俺も心臓が脈打って緊張しているのがわかる。嫌われていない自信はあるが、断られる可能性はじゅうぶんにあるからだ。
「……先生と生徒やなくて、俺個人と希々とでやり取りしたい」
「、」
「……もちろん答えは急がんよ。気が向いた時にでも考えてくれたら嬉しい」
希々は動きを止めて、徐に顔を上げた。
「…………嫌いに、ならない…………?」
あかん。
上目遣いが可愛すぎや。
いや、ちゃう。落ち着けや俺。
「……なんで俺が希々せんせのこと嫌いになるん?」
「私…………男の子とLINEのやり取り、したことはあるけど…………あの、恋愛でどれくらいが適切な連絡頻度なのか、とか、どれくらいなら迷惑じゃないか、とか……わからないから……」
「……希々…………」
俺は希々の手を握って、しっかりその目を見つめた。
「……不安にさせたなら堪忍な。焦ってるわけちゃうんや。俺が卒業するまでは嫌やっちゅうならそれでええし」
「嫌、なわけ、じゃないよ…………。ただ怖いだけ、だから……」
「俺が怖い?」
「違っ! ……侑士くんに嫌われちゃうのが、怖いの」
可愛すぎるを通り越して語彙が消えた。
俺に嫌われるのが怖い、なんて。そんなことあるわけがないのに。
最早苦笑を堪えられなかった。
「……何回でも言うたる、言うたの忘れたん?」
「……え?」
「俺は希々せんせが好きや。何があっても好きや。せやから……“俺に嫌われる”っちゅう心配だけはせんといて」
嬉しそうに大きく頷く希々を、一層愛おしく思った一日だった。
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