6ペンスの唄(跡部vs.忍足)
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*二十四話:何回だって言ったる*
少し妬いてくれたらいい、などという程度の気持ちではなかった。激情が俺を支配していた。
好きな女がいながら別の女と付き合うなんて、一般論ではただのクズ男だ。
酷いとわかっていて、優しいふりをした狡猾な言い訳をした。
『せんせが好きやけど、いつまで経っても跡部のことばっか見とるんやもん』
『せんせに無理矢理迫っとったの、困らせてたんかな思て』
困らせたことを悔いて別の彼女を作る、健気な男子高校生。そう見せかけた。
実際は俺が別の女と付き合うと知ったらどんな反応をするのか、確かめたいだけだった。
俺への感情と跡部への感情の違いを自覚させたかった。
希々にとってどちらが恋愛感情なのか、俺自身知りたかった。
しかしいざ希々から別れを切り出されたら、耐えられないのは俺の方だった。
おめでとう、そんなこと言われたくなかった。
家庭教師を辞める、そんな台詞までは想像していなかった。
関わらないで、そう言われた瞬間心臓が張り裂けそうに痛んだ。
俺の嘘に泣いてくれた希々は、無自覚ながらも俺に好意を抱いてくれているとわかったのに。
拒絶の言葉を聞いた俺は、今まで築いてきた緩やかな恋愛関係をぶち壊してしまった。
「……すまんかった」
力の入らない希々をラグに座らせ、肩を支える。罵倒される覚悟をしたが、希々は弱々しくも俺に抱きついてきた。
「っ!」
「侑……士……くん…………」
俺の名前を呼ぶ希々の顔は涙でぐちゃぐちゃなのに、今まで見たどんな表情よりも愛らしく見えた。愛玩したいような庇護欲と、もっと俺でいっぱいにしてやりたい劣情とが湧き上がる。
「……っあかん、もう黙っとき」
「ゆ……し、くん、」
こちらが精一杯我慢しているのに、希々は舌足らずな口調でまだ俺を呼ぶ。時計を見れば家庭教師の時間はあと数分しかない。
「! ちょい待っとって。お袋に時間延長の話してくるわ」
「……侑士くん、と、……離れたく、ない……」
何なん?
この可愛い生き物は何なん?
俺の理性が試されてるん?
もう半分以上飛んどるっちゅうのに?
「っあぁああもう!! この阿呆教師!」
「……っん……っ」
このまま会話を続けていたら、18禁コースと親同伴修羅場が同時にやってくるのは間違いない。
俺は希々の唇を数秒堪能して、その可愛い顔にティッシュを数枚押し付けた。
「……ふぇっ?」
「拭いとき。すぐ戻る」
心頭滅却して部屋を出て、お袋に時間延長の許可をもらった。お袋はきょとんとしていた。希々が家庭教師になって初めての延長だからだろう。
今までの家庭教師では頻繁に延長していた。目的は言うまでもなく不純なものだが、怪しまれたことはない。
俺は今日どこまで自分と戦えるだろう、と不安になる程度には下半身が反応していた。
――コンコン、
「延長の許可もろた。入るで」と一応声をかけて部屋に入ると、うさぎのように真っ赤な目の希々がこちらを見上げていた。
床に座り込んでいるから必然的に上目遣いになる。
「……っほんまに、もう…………っ」
俺は後ろ手に鍵をかけてその場にしゃがみ込んだ。
額に手をあてて俯き、大きく深呼吸する。
「侑士くん……?」
「無理やって。いや本気でな? 俺もう我慢限界やねん」
こんなに余裕がなくなるのは初めてだ。
「情けないんはわかっとるけど、俺かて健全な男子高校生なんや。正直今すぐ押し倒したい」
余裕どころの話じゃない。目先の衝動で手を出したら希々を傷つけるという事実がどうにか自分を押しとどめているに過ぎない。
高校生に手を出すリスク。
家庭教師という立場。
お袋含めた親族からの心象。
希々との“これから”を大切にしたいからこそ、ここで欲望に負けるわけにはいかないのだ。
「……せやけど希々せんせの目、ある程度腫れ引かんと帰れへんやろ。お袋にバレるわけにもいかへんし。……あぁ、勘違いせんといてな? 俺はバレてもええんやけど。むしろ俺の未来の彼女やて紹介したいくらいやけど。お袋にバレたら希々と会うの反対されたり家庭教師辞めさせられたりするかもしれへんやろ」
いつになく饒舌だと自覚して、大きく息を吐く。
数回深呼吸して我を取り戻してから、そっと顔を上げた。
希々が、首を傾げて俺を見つめている。
「……今日は希々の目を冷やす。希々を無事に帰す。それ以外を考える余裕、あらへん」
「…………ぎゅってするのも…………だめ…………?」
「……っ!」
触れたい、と思ってくれたことが嬉しい。その気持ちを無下にしたくはない。
「…………それくらいなら、……ええけど……」
希々は嬉しそうに笑って抱きついてきた。なるべく優しく抱き返して髪を撫でてやる。
「……あのね…………私、……景吾が誰とキスしても気にならないの。でも侑士くんには…………ふわってキスも、おかしくなっちゃいそうなキスも、他の子とじゃなくて…………私としてほしい。……ねぇ、これが“好き”ってことなの……?」
あかん。
落ち着くんや俺。
こんなん口説き文句やない。希々にとっての単純な疑問や。
恋愛に関してはせめて余裕を見せたくて、わざと色っぽく訊ねる。
「……俺が“ああいう”キスしたい時は、せんせが付き合うてくれるん?」
「……うん。……私も、侑士くんとキス、したい……」
「っ!」
恥じらいながら言われた台詞に、意図せず頬が熱くなった。
あかんあかんあかん。
落ち着け。
なんやこれ。
っちゅうか、ここで俺が“それが恋愛感情だ”言うたら希々は俺の彼女になるん?
いや待て。
そもそも俺も、何が恋愛感情か確信が持てるん?
今まではヤりたいと思たらそれが恋愛やと思っとったし、本気の恋愛とか経験あらへんし。
……え?
「……侑士くん……?」
「…………すまん」
男子学生にありがちな、性欲と恋愛感情の結びつきを否定はできない。そこから生まれた過去の恋愛を否定もしない。
しかし初めてのこの感覚を上手く言語化できない。
希々とヤりたいか?
言うまでもなくYESだが、それだけではない。
抱きしめるだけでも隣にいるだけでも満たされる。
誰にも取られたないし誰にも触らせたないし、守ってやりたいし笑顔にしてやりたいし。初体験なら死ぬほど気持ち良くしてやりたいし、怖い言うなら何年でも待ったるし。
「……俺も、今希々せんせが考えとるんが恋愛感情やって言い切れるほど、恋愛のこと知らんって気付いた」
なんやカッコつかへん。
希々から離れようとしたが、希々は引き止めるように俺を真っ直ぐ見てくる。
「どうして謝るの?」
「、いや……」
希々の指先がゆっくり頬に触れて、眼鏡を外した。
「恋愛のこと、よくわからないなら……一緒に考えよう?」
希々の茶色の瞳は、赤くなっていても綺麗だった。丸い宝石みたいな瞳。
「……私がちゃんと自信を持って告白できるまで、待っててくれる……?」
「……っ」
先刻から殺し文句のオンパレードにしか聞こえない。俺の耳がおかしいのか、俺が都合のいい解釈をしているだけなのか。
「、待ったるわ。……俺は器が大きいからな」
「ふふ。そうだね、侑士くんは器も心もおっきいよね」
眼鏡を外した細い指先に触れて、そのまま指を絡める。視線が交差した。
希々は頬を染めてくすぐったそうに笑う。柔らかいその頬に唇を寄せると、希々は俺の裸眼を見つめた。
「……侑士くん、私のこと…………好きじゃないってわかったら教えてね」
「はぁ?」
「だって恋愛のこと、よくわからないって……」
「いやいやちょい待って。これだけは言わせてぇな」
相変わらず希々はどこかズレている。しかし勘違いされたまま跡部にかっ攫われでもしたら、悔やんでも悔やみ切れない。
「俺、希々のこと好きや。それは変わらへん。……俺が考えとるんは、希々せんせへの感情が恋愛よりでかい気がしてるっちゅうことや」
「! ……私のこと…………好き、で、いてくれるの…………?」
「当たり前やろ。何回だって言ったる。……俺、希々せんせのこと好きや。もう嘘はつかん。……俺は希々が好きや。せやから……跡部ばっかやなくて、俺のこと……もっと考えてな?」
「うん……」
はにかむ姿が愛しくて、指先を引き寄せる。俺の意図が伝わったのか、希々はふる、と震えて目を閉じた。
「……好きやで、希々……」
触れるだけの口づけ。
なのに鼓動が高鳴った。