6ペンスの唄(跡部vs.忍足)
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*十九話:心拍数の限界*
男の人をわざと挑発して怒らせるなんて、生まれて初めての試みだった。
本来私は誰かを助けるなんて無責任には口にしないし、できるとも思っていない。気が張り詰めている時に他人から“助けてあげる”なんて言われたら、誰でも腹が立つだろう。
でも、怒るくらいしないと景吾は本音を話してくれない気がした。
殴られる覚悟もしたし、乱暴される覚悟もしていた。
とは言え怖かった。
死ぬほど緊張した。
今も手が震えているし、指先は冷たくて感覚がない。
それでも、これは私がやらなければいけないことだと思ったから。
私がやっても駄目だったら、景吾のご両親に相談しようかと思っていた。どうやらその心配はなさそうで、少しだけほっとした。
この日のために男女の交際について色々勉強したことだけは、黒歴史として墓場まで持って行きたい。
「……大丈夫?」
ベッドの上で項垂れる景吾を抱きしめる。壊れてしまわないように、そっと髪を撫でた。
「……なんで、来たんだよ…………」
「逆に何で来ないと思ったの?」
こんなにも弱々しい景吾の声は聞いたことがない。来て良かったと、心から思った。
「…………なんで、抱かれる覚悟まで…………」
「……そうすることで景吾の苦しみが軽くなるなら、私は迷わない」
鍛え抜かれた身体、とでも言えばいいのだろうか。上半身裸の景吾を見るのは言うまでもなく初めてだが、彫像のように美しく、割れた腹筋に頬が熱くなった。
自分で脱がせておいて何だけれど、正気に戻るとものすごく恥ずかしい。
「…………悪かった」
景吾がぽつりと呟き、視線をこちらに向ける。
「…………首…………痛いか……?」
「? ……あ、全然! 今は苦しくないし痛くないよ」
景吾は私の腕から抜け出し、首元に触れた。
「……赤くなっちまった。…………ごめん……」
「……っ!」
伏し目がちに掠れた声で告げる景吾の色っぽさに、思わず息を飲んだ。
最近の景吾が荒れた付き合いをしていたことは知っている。一夜だけだとしても女の子たちは、景吾に何らかの印を残したかったのだろう。本人が気付いているかは知らないが、景吾の白い肌にいくつも赤い痕が散っていた。
気怠げな様子と首筋に付けられたキスマークが相まって、冗談では済まない色気を放っていた。
「……なぁ…………俺は、どうしたら希々に男として意識される……?」
「いいいいや、もうじゅうぶん! も、もうわかってる、から!」
直視できない。相手は景吾なのに。
「……いつも、希々はそうだ。そんな世辞、いらねぇのに……」
いや、お世辞じゃない。
さっきから心臓が速度の限界を訴えている。
できれば早くブラウスを着たいし景吾にもシャツを着てほしい。
しかし私の心の声は伝わらなかったらしい。
目を逸らす私の顎を持ち上げ、景吾は真剣な眼差しで囁く。
「俺はどうすれば男として見てもらえる……?」
「もももももうじゅうぶん、だってば! 景吾は……っ景吾は、ちゃんと、男の人、だよ……っ!」
これ以上何を言えというのか。
私の言葉がどうしてこうも信用されないのか非常に不本意だ。
景吾は切ない瞳で、そのまま私を引き寄せた。
「……っ!」
自然と唇が重なる。
もはや頭が沸騰しそうだった。
触れるだけでも、角度を変えて繰り返される口づけは体温を上げていく。
「……っけ、ご…………っ、」
抱きしめられると素肌が触れ合う。私より高い体温、滑らかだけれど筋肉質な腕。
嫌でも意識してしまう。
「…………やっぱり希々は違う」
「……ふぇ?」
既に涙目の私を離して、景吾はくしゃりと笑った。
「希々とは、何回でもキスできる」
「!!」
かっ、と頬が熱を帯びた。
もう無理だ。嫌だ。自分の顔が赤くなっているとわかる。恥ずかしい。悔しい。逃げたい。
声が出ない。
「……っ」
私の顔を見た景吾が瞬きする。
「……希々?」
「……っ見ないで……!!」
とりあえず手元の布団を手繰り寄せ、必死に身体に巻き付けた。頭から潜って防壁を築きたいのに、景吾は布団を引き剥がしてしまう。
「ちょ、見ないでって言ってるでしょ!」
「希々…………顔、赤い」
「な、なななに、」
「そんな顔、初めて見た」
布団の取り合いになった。
「見ないでってば! 景吾の変態! 女ったらし!」
「いい歳こいて童貞よりマシだろ」
「ど……っ!? ふ、ふざけないで!」
私がいくら力を込めても、所詮は女ということか。結局全部回収されて、腕を掴まれてしまう。
「や……っ、」
「希々」
混乱のままに強く目を閉じた。何も見えなければ落ち着けるから。
「……希々」
でも、景吾は何度も私の名前を呼ぶ。
「希々」
「……っもう、何よ!?」
根負けして目を開くと、愛しさを隠そうとしないアイスブルーが細められていた。
「……希々、可愛い」
「っ!!」
今日は発熱するかもしれない。
***
何もしないからこうしていたい、と言われて私は景吾の腕の中にいる。ブラウスを着たら文句を言われたが、あのままだったら私は鼻血を吹いて意識を失っていただろう。
風邪引いちゃう、と景吾にシャツを着せようとしたら、何故か布団を被って私をぎゅうぎゅう抱きしめ出した。
「……これで風邪引かねぇだろ」
「…………まぁ、脱がせたの私だから強くは言わないけど……」
布団を被るよりシャツを着る方が楽だと思うのだけれど。むしろできればシャツを着てほしい。何故なら私の頬は景吾の胸――裸の胸元に押し付けられているからだ。
「……着てねぇ方が、希々を直に感じられる」
「!」
今日だけで私の心拍数は上がったり戻ったり忙しない。寿命が縮んだかもしれない。
景吾のばか。
それでも、会話できることが嬉しかった。
「……一ヶ月ぶり、だよね」
「ほとんど覚えてねぇ。そんなもんか」
「えぇ? そんなんじゃ初めての相手のことも忘れてるんじゃない?」
「覚えてねぇ」
最悪の男が爆誕してしまった。何というか、世界に謝りたい。
「……俺にとっては半年近くに感じた。ずっと地獄だった」
「……景吾…………」
景吾が腕に力を込めた。
「……ごめんな。怖い思い、させた……」
「、」
そんなことないよ、と言えるほど強くはない。私はようやく気持ちを吐き出した。
「…………怖、かった。……景吾が知らない人みたいで、怖かった……っ」
覚悟を決めていようが、迷いがなかろうが、怖いものは怖い。今になって安心したのか、肩から力が抜けた。
景吾に抱きついて、少しだけ滲んだ涙を隠す。
「……ごめん」
「、でも……っ」
たとえまた怖い思いをするとしても、私は同じ選択をしただろう。
「景吾が戻ってきてくれて、よかった……っ!」
「希々…………」
景吾を見上げる。
そこには、幾分か大人びた幼なじみの顔。
「……やっぱり俺、希々が好きだ。他の女はもう要らねぇ」
「景、吾」
「少しは…………男として意識、してくれたみたいだしな」
こんなにも激しい胸の高鳴りは、経験がない。認めるしかない。もう景吾は、弟じゃない。
「……景吾のくせに、生意気」
「俺としてはこのまま希々の初めてを貰ってやってもいいんだが?」
「嘘ですすみませんこの状況はシャレにならないからやめてください」
私はばっと景吾から距離を取る。
そんな私を見て、景吾はおかしそうに笑う。
少しだけ関係が変わってしまったかもしれないけれど、もう一度景吾の笑顔が見られたから……それだけでいいと思えた。