6ペンスの唄
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*一話:出会い*
「侑士ー! 先生がいらっしゃったわよー!」
ほんまに勘弁してほしい。理系の俺にとって古文だけは鬼門だった。
昔の日本人がどんな文法使ってたかなんて知るかっちゅう話やねん。
言葉なんか伝わればええやろ。
模試の判定から唯一結果の芳しくなかった古文を目ざとく見付けた母親が、勝手に家庭教師なんてものを頼んでいた。俺も聞かされたのは今日だ。
いや当日て。せめて前日には知らせてほしかった。まぁ、当日にしたのは俺に断らせないためなんだろうが。
「はぁ…………」
俺はため息と共に部屋を出て階段を下りた。
一つくらい不得手があっても他の科目でカバーできるし、自室だろうが客間だろうがプライベートスペースを他人に侵されるのは気分が悪い。申し訳ないがその先生とやらをどうやって追い返そうか考えていた時だった。
玄関先に目をやって、嬉しそうな母親の横にいるその人を見て。
「――――――」
俺の頭からそれまでの不満全てが消し飛んだ。
「あ、きみが侑士くん? はじめまして、藍田希々です。K大文学部の2年生です。よろしくね」
姉とは真逆のタイプだった。俺の姉はどちらかというと気が強くサバサバしていて、あまり女らしいという印象はない。
この人はまさに俺のタイプだった。可愛い、という表現が一番しっくりくるだろう。
ふわりとした茶色の髪は柔らかそうで、薔薇色の頬は思わず触れたくなるほど滑らかだ。嫌味にならない小さなイヤリングがお辞儀と共にきらりと光る。ネイルも服も淡い同系色で統一されていて、一目見て“いい女”だとわかる。
今まで世話好きの母親が家庭教師を連れてきたことは何度かあった。俺はむさい男と二人で勉強するくらいなら家出すると豪語していたため、全員女だった。
向こうは向こうで高校生を教えるなんて面倒だとか考えていたんだろうが、俺の容姿を一目見た瞬間、全員“教師”から“女”へと態度を変えた。
俺も面白がってそれに乗った。
何しろ場所は家の中だ。そもそも俺の成績に著しい問題などない。部屋で二人きりとなればやりたい放題だった。
大学生は高校生と違って物わかりもいいし空気が読める。いい匂いに包まれて“勉強”するのは楽しい。
俺は完全に年上キラーと化していた。
俺が微笑みと共に『綺麗な先生に教えてもらえて嬉しいわ』と口にして落ちなかった女はいない。
しかし。
「こない綺麗な先生に教えてもらえるなんて、俺はラッキーやな」
「侑士くん、お世辞が上手だね。これからよろしくね!」
しかし。今回の藍田希々という女は、俺に媚びる様子も照れた様子もない。
……面白い。
最初はすぐに追い返そうと思っていた。
だがここまで態度が変わらないとなると、妙なプライドが自己主張を始める。
そのすました顔がほんのり染まるくらいまでは遊んでやろう。
俺からすればいい暇つぶしが向こうからやって来た、その程度の認識だった。
そのはずだった。
それがどうしてこうなったのかは、いまだによくわからない。
振り回されているのは俺だなんて、死んでも認めへんからな。