6ペンスの唄(跡部vs.忍足)
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*十七話:ドキドキする*
最近、家庭教師の日になると私は身構えてしまう。もちろん、侑士くんのせいだ。
以前のように突然キスをされなくなった。かわりに何度も何度も、可愛いと言われるようになったのだ。
可愛いなんて言われ慣れていない私は、毎回真っ赤になってしまう。さりとて悪口を言われているわけではないので、怒るに怒れない。年上をからかうな、と諌めるには余りにも真剣な“可愛い”の数々に、私は既に白旗をあげていた。
今日も侑士くんは私お手製引っ掛け問題付きの課題を満点で終わらせている。
「はい、これで俺の勉強の時間はおしまい。希々せんせの話聞かせて」
勉強時間は課題で満点を取るまで。それ以降は侑士くんに決めさせてあげる。
その提案に頷いてしまった過去の自分を呪いたい。
「…………私の話なんて聞いても面白くないでしょ」
侑士くんは隣の席で眉を下げて笑った。
「おもろいかどうかやないねん。俺がせんせのこと、もっと知りたいんや」
「……っ!」
難題を作るにも限度がある。
私はいろいろな大学の過去問を参考に作っているのに、この高校生はそれを容易く解いてしまう。
……いや、容易く、ではないのかもしれない。
侑士くんの部屋に増えた古文の参考書や過去問の背表紙を見て、私は唇をきゅっと引き結んだ。
不得意どころか、選択科目でもないのにこんなに頑張って勉強してくれた。その努力に私が報いないでどうするのか。
「……何が、聞きたいの?」
侑士くんは屈託なく笑った。
「おおきに!」
「……っ」
その笑顔になんとなく目を逸らしてしまう。
「……せんせ、こっち見て」
「見、なくても、質問には答えられるでしょ……」
「なんで俺のこと見てくれへんの?」
「っ!」
恥ずかしい、のだ。
年下なのに包容力がある侑士くん。
問題を解く真剣な横顔。無自覚に色っぽい仕草。かと思えば子供のように無邪気に笑う。
最近彼のいろいろな一面を見るたびに、私の心臓が音を立てる。
目を合わせたら、自分でもわからないこの動揺が伝播してしまうのではないかと怖くなる。
「せんせ」
「!」
ゆるりと抱き寄せられて、体温の高い侑士くんの胸に頬を押しつけることになる。
「これで見えへんから、教えて? せんせ、……俺のこと、嫌い?」
「っ嫌いなんかじゃない!」
「なら、なんで最近……あんまり目合わしてくれへんの?」
「、」
目ざとい侑士くんが気づかないわけないのに、私は誤魔化せると思っていた。
「…………やっぱり俺のこと、嫌になった?」
「……っ違うの、……」
侑士くんの顔は見えないけれど、悲しい表情はしてほしくない。上手く言えなくても、この気持ちを何かの形で伝えたい。
私は侑士くんのシャツを握って、きゅっと目を閉じた。
「……っ恥ずかしい、の……。……ど、ドキドキしちゃう、の…………。だから、目を見て話すなんてできなくて……」
侑士くんは穏やかな声で続ける。
「……会ったばっかの時もキスした時も、希々せんせ、俺のこと真っ直ぐ見てくれたのに?」
私は侑士くんの心臓の鼓動を聞きながら、まとまっていない気持ちを口にした。
「さ、最初の頃はね、からかわれて困るっていう感じだった。……でも今、は…………あの頃と、…………何か違う、の……。き、キスとか、されてるわけじゃないのに……っドキドキしちゃって…………ご、ごめんね。男の子と接するの慣れてないから、こうなるのが変なのか普通なのかもわからなくて…………」
自分でも何を言っているかわからない。心臓がすごい速さで鼓動を刻んでいて、あったかいのに暑くて、離れなければいけないのに離れたくない。
こんな感覚は、初めてだった。
「…………ほんまに?」
「こ、こんな情けないことで嘘なんかつかないよ……っ」
「ほんまにほんま?」
何だか侑士くんの声が嬉しそうで、私は思わず顔を上げた。
「侑士く……、…………」
そのまま言葉を失う。
侑士くんは頬を染めて、本当に嬉しそうに微笑んでいた。
「……っ!」
その顔を見たら、何故か余計に胸が苦しくなってきた。私は動悸の伴う病にでもかかったのだろうかと不安になる。
しかし侑士くんは照れたように頬をかき、愛しいものを見るような眼差しを向けてくる。
「……希々せんせ、俺にドキドキしてくれたん?」
「そ、……そう言ってる、んだけど……」
「……俺、めっちゃ嬉しい」
「っ!」
わかった気がする。
大人びた侑士くんにドキドキすることはないけれど、年相応の素直な侑士くんにはドキドキしてしまう。きっとこれがギャップ萌えというものなのだ。
こんな恋愛マスターが小さな子みたいに笑うと、こう……ぎゅっと抱きしめたくなる。
「せんせ、好き」
「……っもう! 知らない!」
「つれへんこと言わんといてー」
嬉しそうな侑士くんを見て嬉しくなるのは、私が子供好きだから。だと思う。
それ以外の理由を、私は知らないから。