6ペンスの唄
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*十六話:俺の初恋*
男慣れしていない希々をどうしようか考えた結果、俺で慣れさせればいいという結論に落ち着いた。
少しずつ、怖がらせないよう、じりじりと。
とは言え家庭教師は元々受験までだ。生徒でなくなったら俺が希々に会う理由はなくなってしまう。この恋は制限付き、というわけだ。
「あぁー! また侑士くんに全部正解されちゃったー! 引っ掛け問題入れたのに……」
どこか子供じみた態度に俺は苦笑する。
「せんせはわかりやすすぎや。問題文読んだ時点でここに落とし穴置いときます言うとるようなもんやったで?」
「えぇ!? 引っ掛け問題の定義とは…………」
項垂れる希々の頭に手を伸ばし、軽く撫でる。
「……希々せんせは、素直なんやね」
「……侑士くん、馬鹿にしてる?」
「まさか。希々せんせは心が真っ直ぐなんやなって思っただけや」
俺は柔らかな髪をそっと撫で続けた。
「……希々せんせの髪、やらかいなぁ」
「そう? パーマかけてるからかな?」
優しく梳いているうちに希々の目が細められていく。心地好いのだろうか。
「……」
猫のようなその態度を見ていると、なんとなく甘やかしたくなってきた。
「なぁ、希々せんせ。……ぎゅってしてもええ?」
「……? うん」
そっと抱き寄せて猫を愛玩するように髪を撫でているうち、希々は目を細めて俺に身体を預けてくれた。
閉じ込めた両腕の中仄かに香る、花のような匂い。耳朶の後ろから僅かに香り立つ薔薇は香水だろうが、ふわふわした髪から漂うフローラルはシャンプーだろうか。
「……やっぱ希々せんせはええ香りやなぁ。知っとる? ええ女はええ香りがするんやって」
希々は軽く吹き出した。
「なぁに、それ。でも私の香水、侑士くんと相性のいい香りだったみたいでよかった。隣で勉強教わる相手が苦手な臭いだったら集中できないもんね」
「……せや、な」
俺は知っている。ここ数日、試していた。
抱きしめても希々は嫌がらない。
キスを迫ると困ったように拒絶されるが、抱擁はむしろ受け入れられている。希々は女の中でも明らかな低体温だった。いつも指先は冷たいし、人体の中でも温度が高いはずの首筋さえ俺からすればほんのり温かい程度だ。よくこれで生命維持が可能だと思う。
対する俺は部活のおかげで代謝がいいためか、基礎体温が高い。
恐らく希々は俺をホッカイロか湯たんぽのように思っているのだろう。下心なく俺が抱き寄せると、安心しきった表情になる。
理由なんて何だっていい。俺の腕に頬を擦り寄せる様は悪戯心より庇護欲を掻き立てた。
希々の頬にゆっくり手を滑らせ、そっと撫でた、その瞬間。
俺は彼女の首筋に紅いものをいくつか見つけ、手を止めた。
「侑士くん?」
微睡みから覚めた希々の目が、不思議そうに瞬きをする。俺は無言で彼女を抱きすくめ、不愉快な跡一つ一つに口づけた。
「ん……っ」
身体を捩っても抜け出させない。
目に入る所有印を柔く食み、舌を這わせて吸い上げる。
「っ、……あ……っ、侑士く、」
喉を反らす希々は混乱したように何度も首を左右に振った。
「……はいせんせ、後ろ向いて」
「え!?」
「はよ」
「は、はい!」
項に残った跡も全て上書きした。一度は俺に従った希々が、変な声を上げて顔を真っ赤に染めている。
「ゃ、何、してるの……っ」
「消毒に決まっとるやろ。警戒心ゼロか」
せっかくなので耳の輪郭も舌で辿りながら吸い上げた。
「ふゃあっ!!」
「……っ!」
思いの外、希々は敏感らしい。
上擦った、普段と違う喘ぎ声が桜色の唇から漏れ始める。それを聞いているだけでこちらまでその気になってしまう。
「ゃ、ん……っ!」
「跡部と……最後まで、したん?」
「そこで、しゃべらなぃで、ぁ……っ」
「教えてぇな。希々せんせ」
わざと吐息混じりに囁き、冷えた耳朶を唇で擽る。
「跡部とどこまでいったん……? なぁ、希々せんせ」
希々は頬を上気させ、必死に答えた。
「どこまで、も何も……っ! 景ちゃんが、勝手に……っ」
「おん……勝手に……?」
「……っか、勝手に、首に……っじゃれついてきて……っ!」
「……へぇ?」
息を荒げ、無意識にだろうが何度もぴくりと反応する希々は、本人の申告通り何の経験もないのだろう。キスマークをじゃれついたと言われる跡部が若干気の毒になった。
俺が唇を離すと、希々は小さく痙攣して倒れ込んできた。
「…………ほんま、あいつのバリケードがなかったら、希々せんせはとっくに食べられてたやろなぁ……」
「……っ、…………っ、」
「……ま、希々せんせの身体守ってくれてたんやから、ちっとは我慢せなあかんよな」
露になった首筋に口づける。
希々はそれにさえ、ぴく、と震える。ここで嫉妬に身を任せてはいけない。俺は希々に合わせてゆっくり慣れさせていくと決めたのだ。これ以上進めば怖がらせてしまう。
「……希々せんせ、可愛えな」
希々は赤い顔で俺をじとっと睨む。
「……どうせ呆れてるんでしょ」
「何で? ほんまに思っとる。可愛えって」
希々は拗ねたようにぷいと顔を背けた。
「……そんなお世辞に騙されないんだから」
「いやお世辞やないし、せんせを騙して俺に何の得があんねん」
「…………」
希々がゆっくりこちらに向き直り、上目遣いに見つめてきた。
「…………呆れて、ない?」
あかん。
赤い顔で上目遣いはあかん。
「……呆れてへん。……希々せんせ、可愛え。…………ほんまに可愛えよ」
「そ、そんなに可愛いなんて……っい、言わなくて、いいから…………」
困り顔なのに頬はほんのり染まっていて、小さな手が俺のシャツをきゅっと掴んだ。
何やこの可愛い生き物は。
「…………何で? 言うたらあかんの? ほんまに思っとる。……希々せんせ、可愛え」
「…………っ!」
希々はぷるぷると震えて、俺の胸をぽかぽかと叩いた。
「……っ年下のくせに生意気! 次こそは引っ掛け問題に引っ掛けさせてみせるからね!」
「ははっ、いつもの素直な引っ掛け問題、期待しとくわ」
「素直じゃない引っ掛け問題作ってくるから!」
「はいはい」
ぷんすか怒っている希々を腕の中に閉じ込めて、俺はふと思った。
今までの家庭教師と違って何をしているわけでもないのに、希々と居るこの時間が今までで一番満たされている。
これが、本気の恋というものなのだろうか。
遊びではない恋は、初めてだった。
17/17ページ